司 会 NEWS TOKYO編集長 津久井美智江
江戸東京博物館は来年の3月に開館20周年を迎える。江戸東京400年の歴史と文化を展示する博物館として、平成5年3月に誕生して以来、その文化的業績は極めて高く評価されてきた。運営の基本方針として、①安全・安心な博物館 ②来館者へのもてなし豊かな博物館 ③感動する博物館 の3点を掲げ、都民の文化施設としてより深化させる道を進もうとしている。
本紙では、江戸東京博物館の開館20周年を記念し、同館事業のさらなる発展を期待する観点から、特別鼎談・特集号の発刊を企画した。
―来年の3月で、江戸東京博物館(以下、江戸博)が開館して20周年だそうですね。もうそんなに経ったのかなという印象です。
竹内 長かったような短かったような不思議な気持ちです。もっとも私は開館の7、8年前の準備段階から展示監修委員会のメンバーでした。
その時から決めていたのは、ほかに例のないものをつくろうということでした。東京国立博物館や東京都美術館と同じものを作っても意味がない。重要文化財や国宝はすべて収まるところに収まっていて、我々が新たに買うことはできませんでしたからね。だから、いかにして既存の博物館と差別化、区別化するか。行き着いたのが、江戸東京の400年間の庶民の生活や文化をいかに見せるかということでした。
で、400年に限定してみたら、都市の歴史だった。徳川家康が江戸という大都市、世界でも一番大きい百万都市の基礎をつくり、東京という巨大都市につながった。各県立の博物館は総合博物館ですが、我々は都市の歴史専門博物館というふうにしたわけです。
おもしろかったのは、大岡越前は取り上げましょうとなった時に、大岡を出すなら遠山の金さんはどうするのか、長谷川平蔵は? 結局、固有名詞はやめようと(笑)。
宮田 どなたかに固定すると、とても難しくて大変ですよね。
竹内 東京生まれの人に限定するわけにもいきません。多くは各地から東京に来て、政界や財界で活躍してるわけですから。
次は展示方法です。博物館というのはさわっちゃいけない、何しちゃいけないばっかりですが、うちは千両箱を持ってもらうとか、纏(まとい)の重さを感じてもらうとか、日本橋を再現して、実際の傾斜を感じてもらうということにしました。
宮田 けっこうな傾斜ですよね。北斎の絵と同じ。
竹内 若い人は大丈夫ですけど、私のような年寄りはつい欄干のほうに寄っちゃう(笑)。そういう体験ができることを特長とすることにしました。ナンバーワンはとても無理だから、あえてオンリーワンの博物館で行くことにしたんです。特色は総合博物館ではなく、庶民の生活と文化にできるだけ焦点を当てた都市史博物館。方針としては体験・体感型。これが基本方針です。
小林 私も最初、度肝抜かれました。日本橋があんなところにできちゃって。本当に渡る時は、ちょっと感動でした。
―都としては江戸博はどのような位置づけなのでしょう。
小林 行政の流れから言うと、江戸博をつくった生活文化局(以下、生文)ができたのが昭和55年なんですね。それまでは、博物館や美術館は教育委員会がつくっていたんです。東京都美術館や東京文化会館は教育委員会がつくりました。
文化施設にはもちろん教育という側面も重要なんですが、それだけじゃなくて、もうちょっと新しいもの、東京の文化振興の中心ツールとして機能させ、東京の魅力を内外に発信していく芸術文化の「創造発信拠点」としての機能のある施設をつくっていこうじゃないかという新しい流れがあり、それで生文ができ、江戸博がつくられたということです。
―ほかの博物館や美術館とは、違うんですか。
小林 違うというか、館長がおっしゃいましたように「オンリーワンを目指す」ということが行政的な目的にあったんじゃないかと思いますね。江戸博以前に、東京都写真美術館と東京国際フォーラムを生文でつくりましたが、それらが走りになって、博物館法の縛りにとらわれない、教育的なことだけではなく、展示・研究などの中に体験型・参加型の仕組みを取り入れたり、展示方法にも工夫を凝らし、創造発信拠点としての機能の強化という観点から、観光という側面でも魅力があるものをつくろうとなったんだと思います。その象徴が江戸博だった。
今では東京都美術館も東京文化会館も生文の所管になっていますけれど、企画の独自性などは江戸博がきっかけだったと思います。
「知識」じゃなくて「知恵」、工夫する能力を江戸から学んでほしい
―観光資源として美術館や博物館は非常に大事だと思います。
小林 先日、IMF・世界銀行年次総会が東京で開かれましたが、江戸博は関係者向けの公式観光ツアーに入っていました。皆さんよくご存知で、「あそこに行って日本橋を渡ろう」と。
調査によると東京は、美術館、博物館の数そのものはニューヨーク、ベルリンに次いで世界3位なんです。しかし、その多様な文化資源の集積を有効に生かしているかどうか。そこがこれからの課題だと思うんですが、その点でオンリーワンの江戸博は世界にアピールできる。建設以来、はっきりした構想に基づいてやってきたことは大きいと思います。
―美術館、博物館がたくさんあるにもかかわらず、いまひとつ観光にうまくつながらないということですが、専門の立場から、どういうふうにしたらもっと世界的に知ってもらえるとお考えですか。
宮田 今。まさしく今のものがほしいですね。今のものがあることによって、400年という歴史が感じられる基軸になると思うんです。
そこで、提案なんですけど、ちょうど江戸開府400年の時にカルロス・ゴーンさんがコンセプトカーをつくったんですよ。どういう車かというと、例えばダッシュボードは漆塗り、ドアの内側は反物という具合に、多くの部分が江戸の職人の技でできている。江戸の技が今に生きているんです。
竹内 それ、2003年の話でしょう? その時、ゴーンさん来られたんですよ。「江戸博はいい」って誰かに言われたからと。
宮田 それ、私もかんでるんですよ(笑)。なんでこんな詳しいかというとね、じつはその車のトップエンブレムは私が作ったんです(笑)。20周年で10年たったから、検証のために1台江戸博に置きません?
竹内 なるほど、置いたらすごいですね。
宮田 今どこにあるかわからないけど、それをお借りして。日本の経済的な国力にもなりますよ。美術館、博物館は国力にならないっていうけど、とんでもない。文化は国力です。国力があるから、あれだけのものができるんです。
文化と政治は違うとか、政経分離とかいろいろあるんでしょうけども、だからといってそれに押し流されるんじゃなく、真向から対立するわけでもなく、気品のある生活の中に物を残すことができるのが日本人のDNAであり、すばらしさだと思います。その主役が江戸博の中にはある。
竹内 博物館は、えてして例えば1+1=2といった知識を学ばせようとしますが、私は「知識」じゃなくて「知恵」、工夫する能力を江戸から学んでもらう、それが大事じゃないかと思っているんです。
宮田 知恵はさびない、かびない、滅びないんですよ。
展示物のバックにいる人が見えた時、すばらしい展覧会になり、人は感動する
―20年を振り返って、思い出に残るエピソードはございますか。
竹内 うちの特色は海外からのお客さんが多くて10~15%あることと、常設展に毎年80万人もの人が入っていることなんですね。博物館の王道は常設展にあり、というのが私の主義なん ですが、常設展の展示は大きく変えることができませんから、リピーターの確保や観客層の拡大のためにも博物館の華である特別展が必要です。その一つに「本田宗一郎と井深大」展がありました。
企画が上がってきた時、「うちは税金でやってるんだから、会社の宣伝みたいなことはなじまない」と却下しようとしたら、「これはホンダとかソニーの宣伝ではありません。創業者が東京の町工場からスタートし、挫折し、いろんな苦労を重ねていく、二人の人生を語るものだ」と言うんですね。「会社から一銭もお金はもらいません。ただし品物は借りてきます」と。
で、やったらですね、本当に失敗作がいろいろ出陳され、おもしろかったですよ。自転車に湯たんぽみたいのがくっついてるのとか、サーモスタットがまだよく効かなくてすぐ煙が出ちゃう電気座布団とか。そういう物をちゃんと出してくれた。よく借りられたと思うけど、創業者の少年時代の通信簿までありましたよ(笑)。
宮田 いいですねえ。
竹内 うちはお客さんからアンケートをとっているんですが、学芸員がアンケートを読んで涙を流しているんですね。リストラされた人の感想文に、「自暴自棄になっていた私が『99の失敗の上に1つの成功がある』という創業者の言葉に励まされ、明日からハローワーク通いに努めます」と書かれていました。私も読んでみたらうるうるきちゃって。
この気持ちを共有してもらおうと、会場の出口に貼りだしたら、お客さん、それ読んでまた泣くんですね。博物館の展示でこんなに感動してくれるのか、人の人生に影響を与えられるのか。それができるのが博物館だと思いましたらねぇ。忘れられません。
うちには運営方針が3つあるんですけど、1番は安全安心です。お客さんも展示物も地震がきても安全安心。それからサービスが豊かでなければならない。お客さんのおもてなしと、展示の質を高める顧客満足度、これが2番め。3番めはね、感動する博物館。おそらく美術館なら、アートは当然のように人を感動させます。
しかし、うちは食器を並べたり、人力車を置いたりしているわけですから、果たして感動してくれるのか。私の考えは、展示物のバックにいる人―つくった人、使う人、そこに生きている人――が見えてきた時、すばらしい展覧会になり、人は感動する。
江戸文化が歌舞伎なら、東京文化はアニメーション
―来年、常設展をリニューアルされるそうですけれども、具体的にはどのように。
竹内 江戸のコーナーで3つ、近代のコーナーで2つ考えています。足元である両国の歴史的事柄を振り返ってみると3つあるんですね。ありがたいことに、ローカルでいて日本中あるいは世界で知れわたり、普遍性を持っている事柄が。
1つは吉良上野介邸。吉良邸の話から忠臣蔵という芝居にまで発展します。2つめは葛飾北斎がすぐそばで生まれています。北斎は広重と対比されますが、外国人は広重の叙情というのはなかなか理解しにくくて、やっぱり北斎の豪快な構図に魅かれるところが多いんですね。3つめは外国人が興味をもっている明治維新、そこで活躍した勝海舟が、すぐそばで生まれている。
この3つは両国という地域の歴史的事柄なんですけど、かなり普遍性を持っている。このあたりを強調したいと思っています。
宮田 ああ、いいですねえ。
竹内 じつは、江戸博で一番人気なのが両国の盛り場の模型なんですよ。これにはかなりお金がかかっていまして、1500体あるんですが、一人ひとりに筋書きがあり、衣装も全部違うんです。これを近代の浅草でやりたい。六区のにぎわいをあのような模型でつくって、近代の目玉にしたいんですね。
よく考えたら江戸文化というと歌舞伎とか思い浮かぶけど、東京文化って言葉自体ありませんでしょう。
宮田 そうですねぇ! 「東京文化」、なかなかステキなキャッチコピーですね。
竹内 じつは川瀬巴水らの新版画は東京が生んだ立派な文化です。これを東京文化と言いたいんですけど、迫力が足りない。で、最近になるとやっぱり、日本はアニメーションなんですよね。
宮田 言おうと思ってました(笑)。アニメ文化はまさしく日本発祥、そして東京発祥ですよ。
竹内 アニメは今までサブカルチャーと言われてましたけど、違うんじゃないかな。
宮田 日本を代表する立派なカルチャーです。
竹内 まだスカイツリーができていない頃のことですが、外国人に「東京へ来たらどこへ行きたいか」とアンケートをとると、1位は浅草。これは不動ですね。
2位は昔は東京タワーだったんですけど、いつの間にかアキバです。3番4番がなくて5番くらいに江戸博と築地の魚河岸がくる。地方から修学旅行に来る人もやっぱりアキバ文化を見たいんですね。
そこで、オリンピック以降、現代までの風俗的な流行りをアニメで締めくくろうと考えているんです。
宮田 アニメはその流れのなかにポツンとあるんじゃなくて、連綿と厳然としてある。藝大に訪ねて来る人との会話で時として出るのが、「アニメを見たい、マンガを見たいけど、どこに行ったらいいかわからない。アキバに行くけど違う」ということです。
アニメ文化を集約した施設は、どこかでつくる必要があると僕は思います。改めてハコをつくるのが大変だとするならば、江戸博のなかに、コーナーを設けてほしい。そうすれば、「とりあえず江戸博へ行け」と言えますから。
竹内 そこまで宮田さんに言われたら、力を入れてやらなきゃあ。
「ロンドンは大英、パリはルーヴル、東京は江戸博」をキャッチコピーに
―同時に開館した野外博物館の江戸東京たてもの園についてはいかがでしょう。
竹内 初期の計画通り、今年度で30棟が移築されました。これからはもっと情景再現を充実していきたいですね。
アニメに関係する話ですが、じつは閉館に追い込まれそうな時期があったんですよ。それを知った宮崎駿さんが、「あそこをつぶしてはならん」というメッセージ出しましてね。その時、構想したのが『千と千尋の神隠し』です。あそこにある「千住の子宝湯」という銭湯がモデルなんですよ。映画の制作発表もたてもの園でやっていただき、『千と千尋の神隠し』の原画の提供など展覧会にも協力してくださいました。
宮田 若いシナリオ作家に、たてもの園を使った脚本を書かせて、映画つくるってのもおもしろいね。
竹内 じつは映画とかテレビの撮影は、やってるんです。
宮田 それは1ショットでしょ? そうじゃなくて、全部網羅するような物語。映画『江戸東京物語』なんてできたら、観光客も増えると思います。
『崖の上のポニョ』を見て、舞台のベースとなった尾道まで行きましたよ、孫までみんな引き連れて(笑)。
さっと写るだけでも、「あ、あの景色を見に行こうかな」となる。知識というのは蓄積ですけれど、知恵は流動的ですから、まさしく館長の望んでいる、オンリーワンの博物館になっていくと思いますよ。
竹内 「ロンドン行ったら大英へ、パリへ行ったらルーヴルへ、東京行ったら江戸博へ」、そういうキャッチコピーが実現するような博物館に、ぜひなりたいと思います。
宮田 羽田空港の国際線の食堂街の雰囲気は江戸博がイメージされますよね。あれでね、みんな東京が好きになるんですよ。食もやりたいですね。
竹内 私の夢はミュージアム・レストラン、ミュージアム・ショップなどの付加価値をもっと高めること。展示に魅力があるというのはもちろんですが、江戸博のレストランの何々がおいしいとか、あそこのショップに行かなきゃ買えないグッズがあるとかで大勢の人がおしかけるぐらいになってほしいですね。
小林 今、「ロンドンは大英、パリはルーヴル、東京は江戸博」とおっしゃいましたけど、世界の大都市は激しい都市間競争をしています。そして、大都市、特に首都の活力が国家の命運を左右する時代です。その場合、文化の持つ力はとても重要で、高い集客能力と情報発信機能を持つ文化施設の存在は、都市の力の源泉と言ってもいいと思います。
やはり東京という都市は未来永劫魅力的で、高い都市力を持ってほしいと思うんですね。ビジネスを強くするうえでも文化がないとだめです。ビジネスにしても文化にしても医療にしてもそうだと思いますが、東京は総合力で勝負するしかない。そういう意味でも江戸博には期待しています。