今から8年前、本紙で取り上げたドーム型テント「エアロシェルター®」。簡単に大空間を確保できる「二重膜構造」を生かし、災害時の避難用や特殊フィルターを追加した原子力災害用など、緊急時の使用を想定した防災テントに加え、スポーツやウェディングパーティなど、イベント用のテントとして利用されていることを紹介した。

この「二重膜構造」に不可欠なのが、帝人フロンティアの「パワーリップ®」だ。高強力ポリエステル糸を使用し、超軽量(75g/㎡)、極薄(t=0.14㎜)を実現。さらに二重の格子状に編み上げる「ダブルリップ構造」で破れや引裂きへの耐性も強化。防炎加工も施し、万一の火災等への安全性も確保している。

時を経て、その生地はさまざまな形で評価され、応用が進んでいるが、今年10月にリニューアルオープンする「八丈島歴史民俗資料館」では、全く新しい形の冷暖房システムのなかに活用され、注目を集めている。

帝人フロンティアが製造する「エアロシェルターR」の技術が活用された「熱流布マット」が用いられた「八丈島歴史民俗資料館」の外観

「八丈島歴史民俗資料館」の内部

歴史的建造物に負荷をかけず
高温多湿の環境にも対応

同資料館の建物は、1939年東京府八丈支庁庁舎として竣工したのち、1971年、支庁移転を機に、町の管理のもとで「八丈島歴史民俗資料館」としてオープン。島内の民俗資料を収集、保存し、1500点を超える資料を展示してきた。その後、近代史上重要な役割を果たした木造庁舎として、1999年に本館、2021年には新館が国有形文化財に登録。一方、老朽化・耐震性の問題から2018年に建物を閉鎖、リニューアル工事を進めていた。

工事を進める上での課題のひとつが、冷暖房機能だった。国有形文化財に登録されているため、歴史的建造物として重要な構造などを残さねばならず、改修は最小限に抑えなければならない。一方で、八丈島は高温多湿で結露がひどく、快適に資料館を見学してもらうためにも空調管理は必須だった。

ただ、従来のエアコン等の冷暖房機器では、木造建築の機密性の低さから、非効率かつコストがかかることが予測され、また、国登録有形文化財であるため、歴史的価値保護を目的に、一定の制約のもとで空調を取り付ける必要があった。

「八丈島歴史民俗資料館」を管理する八丈町教育課生涯学習係の鈴木進吾係長(右)と久保寺洸佳主任(左)

空間全体を温度調節する
「輻射冷暖房システム」に応用

そこで採用されたのが「輻射式冷暖房システム」だ。エアコンのような冷温風そのものではなく、壁や天井自体を温度調整することで、空間全体の温度を管理するというもので、理論上は気密性に左右されにくく、冷暖房効果が発揮されるという。一般的には、温冷水を輻射パネルで循環させる方法などが用いられるが、前出の通り制限の多い改築の中で、輻射パネルなどの設置自体が難しく、木造建築でも設置ができる軽量で簡易な方法が求められた。

そこで取られた方法が、「熱流布マット」というマットを設置し、そこに冷温風を吹き込むという「輻射式冷暖房方法」であった。老朽化する建物の修理や延命をトータルでサポートする株式会社計(けい)が進めていた研究なのだが、そのマットに使用する生地は冷温風を高気密で維持し、傷などにも強く、防炎性も必要だった。その全てをクリアできたのは超軽量の「パワーリップ®」だけだったのだ。

約2年の開発期間を経て、今年8月に試運転を実施。しっかりと空間が冷えたと、資料館運営を担当する八丈町教育課生涯学習係の鈴木進吾係長と久保寺洸佳(ほのか)主任は安堵したという。

「日本初の実装技術とのことでしたが、試運転が上手くいきほっとしました。島しょ特有の湿度や急激な温度差は、展示物へのダメージも大きく、歴史的な資料を多数抱える資料館にとっては非常に重要な問題でしたが、その点も考慮した空調システムだという説明を受け安心しました。メンテナンスもしやすく、資料館にとどまらず湿気による結露の問題などを抱える島しょ部の空調においてもメリットがあると思います」(鈴木係長、久保寺主任)

「パワーリップ®」を応用した超軽量パワーリップ®ダクトでの体育館への設置事例(提供:帝人フロンティア)

体育館や学校、病院など
大型施設のダクトにも応用

「パワーリップ®」を担当する、帝人フロンティア繊維資材部東京キャンバス資材課の滝上耕史さんは、今回の成功により、同様の木造の資料館などへの導入が進んで欲しいと願う。
「東京をはじめとする各地の木造構造の施設では、同様の課題を持っていると思います。ぜひ選択肢の一つにして欲しいです」
もう一人の担当で、前回の「パワーリップ®」の取材にも答えてくれた井上誓吾さんは、さらに今回の導入により、生地そのものの価値が広く認知されることを期待している。
「弊社では、体育館など大型施設の空調に使用できるエアーダクトにも、この生地を使用しはじめました。高気密超軽量の生地で、従来の金属製等のダクトよりも、形状は容易に調整でき、設置も簡単です。大学との共同研究により、空調効果も実証されました。学校や病院、倉庫、仮設家屋などでの活用も提案しています」
東京をはじめ各地で過去最高気温を記録した今夏。公共空間での空調設備の維持や改装は待ったなしだ。「パワーリップ®」を用いたエアーダクトも、その選択肢として注目される可能性が高そうだ。