世界に先駆けて外科手術に
AIを活用したプログラムを開発。

―外科手術にAIを活用した「EUREKA(ユーリカ)α」というプログラムが、2025年に東京都ベンチャー技術大賞の大賞を受賞するなど、国内外で注目を集めています。AIを外科手術に活用しようと思ったきっかけは?

小林 私自身、10年ほど外科医としてのキャリアがあり、その区切りとなる年にAIと巡り合いました。最初は個人的な研究からスタートしましたが、今は国際学会でも「AIが手術の安全性をいかに解決するか」という点に非常に注目が集まっています。

―どのようなプログラムなのですか。

小林 手術中の血管や神経などの解剖学的構造をAIによってリアルタイムに可視化するというものです。「手術用画像認識支援プログラム」という一般名称が新設され、2024年4月に日本で初めて医療機器として承認されました。今は、画面を見ながら行う低侵襲手術が主流で、内視鏡でもロボット支援手術装置でもいいのですが、対応した手術機器とEUREKA αをインストールした汎用ワークステーションを接続して使用します。

人間の臓器と臓器の間には疎性結合組織と呼ばれる切っても出血しない剥離層があるのですが、AIが手術中の画像からそこを認識してブルーなど全9色から選択した色に着色し、強調表示します。ピクセル単位の精度で可視化されますので、外科医はその情報を参考に剥離を進めていくことができるわけです。

―AIが「ここを切りなさい」と教えてくれるのですか。

小林 AIがダイレクトに「ここを切りなさい」と指示するわけではありません。

ミカンの皮を想像していただくとわかりやすいと思いますが、実と皮の間に白いフワフワしたすじがありますよね。そこに沿っていくと、実を傷つけずに皮をむくことができる。そういうレイヤー(層)が人間の体でいうと剥離層で、AIは「ここに層がありますよ」と客観的な情報を出し続けて、外科医の認識を支援するんです。そのレイヤーのどこを選ぶか、どこを切るのかという意思決定はあくまで外科医が行います。

―過去のデータを表示するのではなく、実際に手術しているリアルタイムの画像を解析して強調表示するということですか。

小林 そうです。もちろん、それを実現するAIのアルゴリズムは、我々が持つ膨大な「手術動画データベース」をディープラーニングさせた結果に基づいています。

―その膨大な手術データベースを作るところから始めたのですよね。外科医を続けながらの作業は大変だったのでは。

小林 もちろん大変でした。ただ、コロナ禍であまり外出する機会がなかったので、そういう作業に集中するには良かったのではないかと今は思います。

それに、私自身が解剖学に非常に興味があり、自分で絵を描きながら勉強していましたので、AIに解剖学を教えること自体はとても自然で、自分の興味に対して正直に突き進んできた結果だと思っています。

EAES 2025 (欧州内視鏡外科学会)にてグローバルチームメンバーと

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教育用のプロダクトを出すことで、
外科医不足の解消に貢献したい。

―絵を描くのはお好きなのですか。

小林 はい。小学校5年生の頃には自由研究で骨の絵を描いたりしていました。祖父も両親も医師という家系で、札幌の実家に父や兄が大好きなみなもと太郎の『風雲児たち』というマンガがあったんです。関ケ原の戦いから明治維新ごろまでの偉人達を取り上げたマンガですが、その中に『解体新書』刊行にまつわるエピソードが紹介されていたんです。『解体新書』を翻訳した前野良沢や杉田玄白たちは江戸にいた学者の集団で、たまたま長崎から来たオランダ語の書物『ターヘル・アナトミア』を手に入れた。アルファベットもわからない中で、そこに描かれている図がとてもリアリティに溢れていたので、「これは我々が知らない世界だ」と翻訳し、出版したんですね。

実は、弊社が今やっているのはそれと同じで、「患者さんの手術動画を元に、解剖学をコンピューターが理解できる言語に翻訳する」作業なんですよ。時代は違いますが、杉田玄白たちの集団はまさにスタートアップです。そういうエピソードに触れたことで、解剖学や外科学、そして人と違うことをやるイノベーションに関心を持った。本当に私の人生を大きく左右したと思います。

―外科医から起業家へ転身することに不安はありませんでしたか。

小林 ワクワクのほうが大きかったですね。今でも月に1回か2回ほど、執刀医としてではなく助手として手術に参加していますが、自分が作ったプロダクトを使ってみて気づくこともたくさんあります。例えば自動車なら、社員が自分で乗って「次はどうしたい」と考えることができますが、手術のソフトウェア開発者がそれをできるかというと、医師免許がないと難しい。私が手術室に入れる医師免許を持っていることは、開発において特別な強みになっていると思います。

―外科医不足や若手の育成が課題となっていますが、EUREKAは教育面でも役に立ちそうですね。

小林 外科医が一人前になるには約10年かかると言われています。手術の7、8割は教育の側面がありますので、指導医の先生にとっては、手術の質を担保しつつ教育するのはかなりの負担です。その負担を軽減し、若い先生も「指導医に聞きづらいこと」をAIが可視化してくれることで解決できるとすれば、学習効率が上がり、一人前になるまでの時間も短縮されます。

なので、教育用のプロダクトを出すというのは自然な流れでした。それが「EUREKA X」です。臨床用だと性能評価試験を経て承認されるまでどうしても時間がかかってしまいますが、EUREKA Xには最新のAI技術を搭載することができますし、半年~1年の単位でアップデートもでき、LIVEモードだけでなく、VIDEOモードもあるので、過去の手術動画を解析することもできます。外科医不足の解消に貢献できれば嬉しいですね。

パシフィコ横浜で開催された日本内視鏡外科学会総会の会場で、母校の学生にEUREKAを紹介

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子育ては一番やりがいがあること。
育休を取って、子育てに関わる。

―2020年に起業されて、昨年はアメリカでも法人を設立されました。アメリカの反応はいかがですか。

小林 とても良い評価をいただいています。最初は、「海外の先生はこんなに細かいところを気にしない」と言われたこともあって心配していたんですけれど、むしろ逆でした。より効率化が求められる海外の病院にあって、いかに役立つ機器を導入するか。そのモチベーションは海外の先生のほうが高いのではないかと思います。「いい医療をしたい」という思いは、海外でも同じというのが今の私の結論です。

アメリカ以外では、イギリスとスペインに「研究機材」としてすでに導入されていて、毎日の手術で使っていただいています。このプロダクトが世界各地で精度を発揮しているという数値で示すことで、販路拡大につなげたいと考えています。

―海外展開もスタートし、お忙しいとは思いますが、趣味とか気分転換はどうされているのですか。

小林 今は子育てですね。2歳の男の子がいて、2人目の子供が1月に生まれました。たぶん子育ては一番やりがいがあることだと思いますので、しばらくは家族のことと仕事のことに集中しようと思っています。

弊社は世代的に子育てをしている社員が非常に多いんです。社員も女性が半数近くを占めていて、様々な部署や役職で活躍していますから、お互いサポートし合う体制が、当たり前のように構築されたのでしょうね。経営者でもしっかり育休を取って、子育てに関わることができる環境が整っているんですよ。

―昨年、東京都の女性活躍推進知事特別賞を受賞されました。女性活躍だけでなく、働き方についても随分配慮されているのですね。

小林 弊社が創業したのが2020年、コロナ禍ということもあって、そもそも全員が毎日必ずオフィスに来なければいけない環境ではなかった。そうすると、オフィスにいる時間、家にいる時間、出張に行く時間などが、その役割によって自ずと最適化されるんですね。グローバルのミッションと家庭の両立は、今の弊社のチームであれば間違いなく両立はできると思います。

―では、コロナは悪いことばかりではなかったと。

小林 多くの犠牲は払いましたけれども、長期的に見れば悪いことばかりではないのかもしれません。オンラインの仕組みが成熟されましたよね。それこそ飛行機で24時間かけないと会えないような先生方と、クイックに打ち合わせができるようになりました。それが今の弊社のグローバル展開にも生きています。オンラインと実際に会う、そのバランスがとてもよくできているのではないかと思います。

―それにしても、世界に先駆けて手術視覚支援AIが日本から生まれたことは、とても誇らしいです。

小林 ありがとうございます。やはり、日本からでないと、この「精密手術をAIと一緒に実現する」という外科的な思想、つまり「プレシジョン・サージェリー(精密手術)」の概念は生まれなかったと思います。

もちろん海外の方も同じことを考えたとは思うんですよ。でも、それを実現できたのは、日本人の細かさとか丁寧さ、高品質を求める資質があってのことだと思う。この技術が日本から生まれた意義は深いと思います。

小林 直|こばやし なお 1982年北海道札幌市生まれ。2009年横浜市立大学医学部卒業。東京の虎の門病院で8年半にわたり外科医としての経験を積んだ後、2年にわたる基礎技術の開発を経て、2020年7月にアナウト株式会社を設立。AI技術による外科医療の発展に尽力している。