2008年4月20日号
世界が平和で自由であることが
事業にとって重要なファクター
「教育」「医療」の分野でも多大な貢献

ロスチャイルド・ジャパン会長

フランス・ロスチャイルド家

フィリップ・ドゥ・ニコライ伯爵

 300年に亘る歴史を持つヨーロッパの大財閥、ロスチャイルド。現代では世界で数少ない同族企業である。世界で初めてのインターナショナル・バンキングを確立。ヨーロッパ大陸初めての鉄道事業や鉱山開発、スエズ運河の株買収等、世界の歴史を動かす事業に貢献してきた。単なる金融業というより金融産業資本と言ったほうが的を射ているだろう。日本との関わりも古く、日本初の鉄道敷設もロスチャイルドの資金調達によるところが大きい。大の親日家で、パリでも週に2回は日本食を食すというロスチャイルド・ジャパン会長、フィリップ・ドゥ・ニコライ伯爵にお話をうかがった。

(インタビュー/津久井美智江)

日本初の鉄道の敷設資金、
関東大震災復興資金・・・・・・
日本の近代史において大きな役割を果たす

――今はロスチャイルド・ジャパン会長として、年に2回は来日されているそうですが、初めて日本にいらしたのはいつでしょう。

ニコライ  初めて日本を訪れたのは、1978年。当時の私は南カリフォルニア大学で政治・経済を学ぶ一学生でした。

 ひと通りの東京見物を終えると、同行の友人ともども私は大のスキーファンだったこともあり、「北海道のニセコへ行ってみよう」ということになりました。当時のニセコは開発される前の、正しく「小さな寒村」という形容詞ぴったりの土地でした。

 もしかすると、私たちはニセコにとって、「初めての外人客」に近い存在だったかもしれません。英語はまったく通じず、汽車の切符を買うこと、食事をすること……何をとってもひと苦労でしたが、人々の温かい応対に大きな感銘を受け、爾来、私は日本の大ファンになったのです。

 その後、家業のロスチャイルド銀行に入り、業務で年に2〜3回、来日するようになったのは、1990年以降のことです。

――日本に対する印象に変化はありますか?

ニコライ  折りしもバブルが崩壊し、株、不動産暴落、金融システム不安、成長率鈍化……というマスコミのいう「暗黒の10年」に日本は入って行ったわけですが、その過程をつぶさに体感できたことは私にとって大変有意義なことでした。

 日本は確かにサイクルとして少子高齢化に入り、生産性、成長率が鈍化してきたことは否めない事実ですが、今後日本が世界に対して果たす役割、重要性はますます高まっていくと思っています。日本は世界で最も進んだ文明国、先進国であり、その歴史文化、国民性に大きな敬意を抱いております。

 敢えて申し上げれば、この10年日本はインワード・ルッキング(内向き思考)になりすぎ、本来の力を発揮できずにいると思います。もっと自国の能力と影響力に自信を持って世界に貢献していくことが大切だと思っています。

――日本との関わりは古く、明治時代(1900年ごろ)からとのことです。

ニコライ  1882年、日本初の鉄道(新橋〜横浜)の敷設資金、1905年、日露戦争の戦費、1926年、関東大震災復興資金等々の国際的資金調達の分野でロスチャイルド家は大きな役割を果たしてきました。また、太平洋戦争直後に、初の欧州発の経済視察団を日本へ派遣したのも私たちでした。

――ずいぶんとお世話になったのですね。
 当時と現在では世界の中で占める日本の役割も変わってきたと思います。今後はどのような関係を持っていきたいですか?

ニコライ  もちろん、当時と今では我々を取り巻く情勢は大きく変わってまいりましたが、ロスチャイルド家が日本に抱く親近感、今後の更なる結びつきの強さは、決してこれまでと変わることはありません。

 ロスチャイルドは22年前に初めて日本に事務所を開設し、現在は帝国ホテルに代表事務所を構えております。主な業務は、投資銀行業務、プライベート・バンキング&トラスト業務、プライベート・エクイティー業務、一族に関わるワイン、アート事業等のリエゾン業務を行っております。

 近年では、今や世界でも数少なくなった「同族経営のプライベート・バンク」であるロスチャイルド銀行の「スタイル」に魅力を感じ、事業の承継、財産の保全、管理、運用のアドバイスを求められる富裕層の方々が多くいらっしゃるということを、来日の度に強く肌で感じております。

 例えば、今般のサブプライム問題でのロスチャイルド銀行の関わりはほとんどありませんし、一族と顧客の財産の保全に大きく貢献しております。なぜならばロスチャイルドはそのようなハイリスク・ハイリターン事業に投資をしなくとも十分な財力を持ち、基本に、一族がやらないことは顧客にもアドバイスしないという哲学を持っているからです。

 我々が300年に亘って富を築き上げ、それを守ってこられたのは、いくつかのラック(幸運)と、より大切なことは、リスクをいかに早く察知し、それを回避してきたかということに尽きます。

 日本経済を支える中堅同族企業のオーナーの方々は、大なり小なり、今後の日本の行方、築き上げた事業と財産をいかに効率的に次の世代に継承していくかについて頭を悩まされておられます。

 ロスチャイルドのこの経験とノウハウは、こうしたアドバイスを求める方々に大いに貢献できると信じております。

――日本の戦国武将・毛利元就は、3人の子どもに3本の矢を束ねて見せ、末永く仲良く暮らすようにと言い残しました。「ロスチャイルド家の5本の矢」の話にとてもよく似ています。その願いは今も健在ですか?

ロスチャイルド創業者の5人の息子たち

ニコライ  当家の5本の矢は、毛利家と同じく初代マイヤー・アムシェルの5人の息子たちを象徴しています。古今東西、ほぼ同時期にこのような家訓を共有できたことはとても不思議です。

 家紋はRed Shield=Rothschildあるいはロートシルト=赤い盾であり、家訓はConco-rdia(調和・協調)、Ind-vstria(勤勉・努力)、In-tegritas(誠実・高潔)の三つです。私は11代目の世代になりますが、この家訓はもちろん今も健在で、家系が存続する限り守られていくことでしょう。

――例えばスエズ運河の株買収など、世界の歴史を変える事業にもかかわっています。どこにどのように資金を使うかの基準やポリシーはあるのですか?

ニコライ  ロスチャイルド家は歴史の端々に名を刻んでおりますが、決して世界を変えるというような大それた事を行ったわけではなく、あくまでも家訓に基づいた事業の展開を図ってきました。

 リスクを最大限にコントロールし、どの時代でも少しだけ前進し、より良い形で次世代につなぐという強い信念を持っております。その為には人よりもより早く正確に情報をつかみ、事業に生かすこと。そして何よりも波ではなく、時代の潮目を見る事に重きを置いております。

 これは同族企業だからできる長期的な視野に基づいた経営哲学であり、近年の例でいえば、我々は一貫してユーロの導入とその汎用性、利便性に注目してまいりました。また9・11後は世界の金、石油等の資源価格の高騰をいち早く洞察いたしました。


「冠」をつけることを好まず、
ロープロファイルに行動する
それがロスチャイルドのスタイル

――意外と知られていませんが、多大な社会貢献もされていらっしゃいます。

ニコライ  「高等教育分野」と「医療分野」にも多くの貢献をしております。栄養状態の悪い低開発諸国への援助も行なっていますが、私たちは食料そのものの援助・供出ではなく、当該諸国の食料自給インフラを援助する、というのが基本的な発想です。

 基本的に「冠」をつけることを好まず、あくまでもロープロファイル(目立たないよう)に行動するのがロスチャイルドのスタイルです。

――冷戦の終結とともに世界の情勢が大きく変わりました。ロスチャイルド家は300年も前から国境を越えて活動されてこられました。その教訓は、今後の世界=全地球のあり方にも応用できるのではないでしょうか。
具体的にアドバイスをいただくとしたらどのようなことでしょうか?

ニコライ  ここ数年世界の国際政治、経済情勢は大きな変化を遂げています。パックス・アメリカーナが衰退していくとすれば、今後間違いなく台頭してくるのは中国とインドです。

ロスチャイルド家の紋章

 日本は今後どのような社会を目指すのか、どのようなイニシアチブを取っていくのか、このままずるずるとプレゼンスを後退させていくのか、重要な岐路に立っていると思われます。

 アジアでの地政力学から言っても我々は日本の弱体化は望んでおりません。むしろ中国とのバランスの上からも日本に強くあってほしいと願っております。

――温暖化をはじめとする環境問題も、地球規模で考えなければならない問題です。経済だけでなく、世界が平和であるために、今後はどのような活動を予定されていますか?

ニコライ  我々の事業にとって世界が平和で自由であることが一番重要なファクターです。

 環境問題は日本にとって千載一遇のチャンスだと思っております。日本には世界に冠たる環境対策の技術があり、今後ますます世界はそれを必要としてきます。日本は臆することなく堂々とこの分野で世界に貢献し、事業化していくことができると思います。

――今後の日本のあり方について、期待することはどのようなことでしょう。

ニコライ  はじめに申しましたように、日本は偉大な文明国であり先進国です。今後、世界における役割は好むと好まざるにかかわらず、ますます重要になってきます。

 まずパックス・アメリカーナの衰退に対し日本をどのように位置づけるのか? そして、少子高齢化に対応し、社会構成をどのように変えていくのか? 生産性の向上をどの分野でどう行っていくのか? それらさまざまな問題を速やかに解決していかねばなりません。例えば、日本の眠っている活力は、更なる規制緩和と貯蓄投資バランスの改善によって大きく生み出されると思います。日本はすでに輸出主導型の経済大国ではないのです。内需を拡大し経済成長の柱とし、適正な金利を確保し、消費も刺激する。成長著しいアジアへの投資を積極化する。

 ヨーロッパが30〜40年前に苦悩し経験してきた税制の抜本的な見直しを進めていくことが焦眉の急です。世界は思った以上の速さで変わっているのですから何もしないことは大きな後退です。

 日本を愛する者として今後の日本の世界におけるプレゼンスがますます高まるように念願しております。

[プロフィール参照]

撮影/石塚 恵

<プロフィール>

1955年生まれ。フランス人。パリ在住。フランス・ロスチャイルド投資会社会長。ロスチャイルド・ジャパン会長。フランス・ロスチャイルド家のファミリー・メンバー。フランス・バカロレワ哲学修了、南カリフォルニア大学(ロサンゼルス)政治経済学部卒業。中核となるロスチャイルド銀行は、投資銀行業務と富裕層の財産の保全、管理、運用を行うプライベート・バンキング・アンド・トラスト業務を行っている。ファミリービジネスとしてボルドーの5大ワインのうちの2つ、シャトー・ラフィートとシャトー・ムートンを所有。父親はフランス・ロスチャイルド家中興の祖、故バロン・ギー・ドゥ・ロスチャイルド。現在のロスチャイルド・グループの当主(会長)、バロン・デイビッド・ドゥ・ロスチャイルドの実弟。母方のニコライ姓を継いでいる。趣味はゴルフ、カメラ、車。

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