2008年8月20日号
〜My Life Work〜
仕事に命を賭けて Vol.6
隊員同士の連帯感が伝わる
楽しい演奏会
海上保安庁総務部政務課
政策評価広報室専門官・音楽隊長
馬渕 巌

 文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。およそ知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットをあて、仕事への情熱を探るシリーズ。

 今回は、海上保安庁の広報室専門官であり、音楽隊隊長の馬渕巌氏。海上保安庁の音楽隊は、一般の業務と音楽隊業務を行う、いわゆる「兼務隊」である。海の仕事や音楽隊の醍醐味、二足のわらじを履く苦労などをうかがった。

(取材/中本敦子)


 真夏の昼下がり、木漏れ日の下で涼やかな音楽が風に乗っていた。海上保安庁音楽隊のサマーコンサートには、涼を求めて、多くの人が集まった。行進曲や海にちなんだメドレー、サザン・オールスターズのメドレーなど、変化に富んだ選曲に、聴衆も満足の様子。

 音楽隊長の馬渕氏もにこやかに、かつ真剣にテューバを奏でていた。

「テューバの低音が入ることによって、躍動感や力強さが加わり、全体のメロディーに深みを与えるのが最大の魅力です。ようやくテューバらしい音が吹けるようになりました」

 そう語る馬渕氏は、テューバ歴12年のベテラン。海に憧れ、大海原で大自然を相手に仕事をしたいと、海上保安庁への道を進んだ。まさか音楽隊に入り、隊長になるとは思いもしなかったそうだ。

 例えば自衛隊の場合、音楽隊員は音楽を専門の仕事として専念できるが、海上保安庁は、隊員達は通常の業務を行いながら、音楽の練習も公演もする。

「練習は基本的には週2回。火曜と金曜の午前中ですが、勤務後の夜間や土、日曜の各自の練習の積み重ねが大切なのです。私たちは皆、海上保安官であり、音楽のプロではありません。うまく吹きこなせないとか、練習しても思うように表現ができないとかそれぞれに悩みはあります。そんなとき、先輩や同輩が夜や週末の練習に付き合い、親身になってアドバイスをしています」

 海上保安庁に入るには海上保安大学校か海上保安学校を卒業しなければならない。どちらも全寮制で、「同じ釜の飯を食った」という仲間意識が強い。だからこそ音楽隊の中で互いに切磋琢磨していくという連帯感が生まれ、皆のモチベーションが上がるのだそうだ。コンサートを聴いていて、皆さん楽しんで演奏している様子が伝わってきた。

通算3回目となるサマーコンサート

通算3回目となるサマーコンサート。今年は7月30日、日比谷公園小音楽堂で行われ、約650名の観客が集った。曲間で海洋レジャーでの事故防止と対応周知のため「自己救命策の3つの基本」をPR。フルート三重奏、シクロフォンのソロなどバラエティーに富んだ内容に会場は湧いた。
●海上保安庁音楽隊の演奏会予定:9/24(水)ランチタイムコンサート(霞ヶ関)、10/18(土)海保フェアin立川、11/28(金)、29(土)海上保安制度60周年記念演奏会(ゆうぽうとホール)入場料無料。詳細はhttp://www.kaiho.mlit.go.jp/syoukai/soshiki/soumu/band/index.html


大海原での仕事に憧れ
海上保安官に

巡視船に乗り潜水士として活躍していた頃の馬渕氏

巡視船に乗り潜水士として活躍していた頃の馬渕氏

 馬渕氏は、海上保安大学校卒業後、新潟海上保安部に配属。希望どおり巡視船に乗って、大海原での仕事に就いた。無線通信士の資格を持っており、無線や信号を駆使して海の上の情報を伝達する重要な仕事を任されていた。

 さらに、海難救助の仕事をしたいと潜水士の資格も取った。映画「海猿」で一躍有名になった潜水士だが、その資格取得は容易ではない。志願制であるが、一般的な潜水士の国家試験に合格して有資格者となるほかに、身体能力の適性が求められ、2ヵ月間の厳しい部内研修に合格した者が、初めて海上保安庁の潜水士になれるのだ。潜水士は海上保安庁職員12000人のうち、2%にも満たない。

 馬渕氏はその難関をクリアし、潜水士として巡視船に乗り、海難救助に当たることになった。主な任務は海での行方不明者の捜索である。

「多くの海難を経験しましたが、中でも印象深いのが平成5年7月の北海道南西沖地震です。大津波に襲われた奥尻島に到着した時、巨大な灯台がなぎ倒されていて、まるで映画の怪獣が破壊の限りを尽くしたかのような壊滅状態。想像を絶する光景でした」

 津波によってすべてが押し流され、海にのみこまれたのだった。

「車も、家財道具も、人も、何もかも海の中でした。捜索をしながら、自然現象なので防ぎようはないかもしれませんが、被害をできるだけ食い止めるような防災対策は重要だと強く思いました」


海難事故の撲滅を目指し
日々の仕事に精進

危険と隣り合わせの仕事をこなす潜水士たち

危険と隣り合わせの仕事をこなす潜水士たち。「楽しいばかりの海ではないという現実」

 海上保安庁の仕事は洋上だけではない。東京霞ヶ関の本庁勤務になることもある。音楽隊に入るには、本庁勤務でないと無理なのだ。

「今は海の最前線にはいませんが、現場で働いている仲間のためにも音楽隊、広報という仕事をしっかりやることが大切だと思っています。音楽隊は、海保12000人を代表するメッセンジャーなのですから。秋には米国コーストガード音楽隊を初招聘し、開庁60周年の記念演奏会を盛大に行いますので、是非ご来場ください」

海難事故による行方不明者捜索は重要な仕事

海難事故による行方不明者捜索は重要な仕事。転覆船に入る時は、緊張が走るという

 馬渕さんは、かつてライフジャケットの開発も手がけた。海難事故をなくすことも海上保安庁の重要な仕事の一つなのだ。

「悲惨な海難事故が報道される度に、心を痛めています。私の夢は、海難事故による死者をなくすことです。海は確かに壮大で美しい。でも、危険な面も持ち合わせています。そのことをしっかり認識して、決して無理をせず、安全への注意を払ってほしいです。磯釣りやプレジャーボートを楽しむ時にはライフジャケットを着ていただきたいですね。とにかく浮んでいてさえくれれば、我々が必ず助けにいきますから」


[プロフィール参照]

<プロフィール>

昭和42年、宮城県生まれ。平成3年、海上保安大学校卒、第一級総合無線通信士、第一級海技士。同5年、新潟海上保安部巡視船「やひこ」主任通信士・潜水士。同7年に海上保安庁総務部に異動、海上保安庁音楽隊員を2年間務める。その後、各地での任務を経て、平成17年より現職に。中学・高校の吹奏楽部、海上保安庁音楽隊を通じて12年間、テューバを担当。現在は、テューバ奏者であると同時に音楽隊長として音楽隊の運営を担い、海上保安庁音楽隊の窓口として活動。音楽隊長として就任4年目

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