民間流の「MVV」と「全員経営」を、
大学法人の運営に生かす。
―東京都立大学、東京都立産業技術大学院大学、東京都立産業技術高等専門学校を束ねる東京都公立大学法人の理事長に就任されて約1年が経ちました。セコムでの長年の経営経験を、大学法人の運営にどう生かされていますか。
中山 民間企業と大学法人、一見すると対極にあるように思われますが、実は経営には共通点は多いと感じています。
企業が基本としているのは、ミッション(存在意義)、ビジョン(ありたい姿)、バリュー(行動規範)、いわゆる「MVV」です。企業はこれに基づき、3~5年の中期経営計画を立てますが、公立大学も同じで、法定の6年間の「中期計画」を設けています。また都立大ではあるべき将来像を描いた「TMU Vision 2030」も定めており、大学運営のビジョンとして「多様性を尊重し、個と組織の能力が最大限に発揮される大学」と示していますが、自分が経営者として目標としていたものとまさに同じ考え方です。そういう意味では、目指すべき方向・役割を世に示しつつ個の能力を高めるという点では、民間も大学も本質は変わりません。
では何が違うかというと、「短期的な対応」です。企業は売上や利益が日々の株価に直結し、常にマーケットからの評価にさらされています。企業経営には非常に強い緊張感があり、またそれがスピード感にもつながるのです。環境変化に対してセンシティブであり、変革意識が極めて高い。しかし、大学の目的は、中長期的に教育の質の向上によっていい人材を育てることや、研究力を強化して技術等を社会実装し社会に貢献することであって、短期の利益という発想はありません。基本的には短期的な変革を無理に追う必要がないんですね。
しかし今や大学も少子化という深刻な問題に直面しており、今すぐ対策が必要です。2024年の出生数は過去最低の約68万人でした。今の18歳人口は約109万人ですが、18年後は約68万人になるということです。激減です。選ばれる大学となるために、否応なく競争にさらされているのが現状です。
―ところが、大学の数は減っていないどころか若干増えていて、大学間の競争はグローバルに見ても非常に厳しくなっています。
中山 つまり、大学も環境変化に対して適切かつ瞬時に対応していくスピード感が必要になっているということです。そこで私が打ち出したのが、「主体性を持って、自ら判断して、自ら動く」という姿勢です。「全員経営」と呼んでいますが、職員も教員も一人ひとりが主体的に考え、判断して行動することが大事だということです。
私はこれをレガッタとラフティングに例えるのですが、レガッタは穏やかな水面を指示通りに一丸となって漕ぎ進みます。一心不乱にです。しかし、ラフティングは、激流の中で全員が「転覆させない」「早く進む」という共通の意識を持ち、風向きや急流の状況を一人ひとりが瞬時に判断して漕がなければなりません。高度経済成長期はレガッタで行けましたが、今はラフティング型の経営が必要なんですね。この主体性こそが、組織を活性化させ、革新を生む源泉になると確信しています。例えば、職員においては、AI等を活用し主体的に業務の見直し・事務負担軽減を進め、出てきた余力を仲間である教員の研究時間増加へのサポートに充てるような行動を進んで取ってほしい。

高専がDCON2024にて最優秀賞を受賞
2028年開設の「GLIDe」で
国際競争を勝ち抜く人材を育てる。
―国内外の大学間競争が激化する中で、どのような人材育成を目指していますか。
中山 今、世界情勢は目まぐるしく変化しており、「地政学」だけでなく、「地経学」という言葉が出てきています。これは地理的な問題に経済の要素を加えた考え方で、例えば中国によるレアアース輸出規制のような「経済の武器化」が典型です。こうした「地経学リスク」に適切に対応するためには、グローバルな視野と柔軟な思想を持ち、スピード感を持って対応できる人材、更にはイノベーションを起こせる人材、例えばですがレアアース活用の代替案を生み出せるような人材が求められています。
―その狙いを前進させるのが、2028年に都立大に開設される国際系新学部ですね。
中山 そうです。名称は「共創学部」といいます。英語では「Faculty of Global Innovation and Development」、略称は「GLIDe(グライド)」です。グライダーのように「羽ばたく」ということを意識した名前です。この新学部の創設は、大学全体の国際化を加速させるための起爆剤であり、これに先立ち2027年4月からは、最先端の専門知識を英語で体系的に学べ、学位を取得できるプログラム「TMU Global Leaders for Innovation Programs(T-GLIPs)」を導入します。
新しい共創学部では日本人学生50名程度に対し、留学生25名程度を募集します。海外からの留学生については、アフリカなど新たな地域からの留学生受け入れも強化していきます。一方で、共創学部の日本人学生には1年間の海外留学を義務付けます。留学生と日本の学生が切磋琢磨する環境を作り、リベラルアーツと専門性の両方を兼ね備え、社会の課題を自ら発見・解決できるソーシャルイノベーション人材を育成したいと考えています。
―都立大だけでなく、産技大や高専も重要な役割を担っていますね。
中山 実は高専生については現在、企業から非常に評価が高まっていて、引っ張りだこの状態です。高専生にはものづくりの基礎や発想力があり、新しい技術の変化にも対応できる能力があるからでしょう。
例えば、AIを活用して特殊詐欺を防ぐ仕組みを開発したチームは、全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2024(DCON)で最優秀賞を受賞したほか、直近ではキャンパスベンチャーグランプリで日刊工業新聞社賞を受賞するなど、スタートアップ的な動きが拡がっています。これらは学生たちが「これをやりたい」「世の中の課題を解決したい」という主体性から生まれた結果であり、大変頼もしい成果です。
また、高専生にもグローバルな視野を持ってもらうため、海外留学プログラムを用意しています。その1つが、都立大生と産技大生、そして高専生が一緒に海外へ留学する「グローバル・コミュニケーション・プログラム(GCP)」です。都立大、産技大の先輩と体験を共有しながら早くから海外に馴染んでもらう趣旨です。

立大入学式にて挨拶する中山理事長
東京というアドバンテージを活かし、
課題解決に貢献したい。
―社会人向けの教育については、産技大が大きな役割を担っていますね。
中山 産技大はリカレント教育の大学なので、学生の年齢層は20代から70代までと幅広く、特に30代・40代が約6割を占めていて、管理職や経営層レベルの人もいます。
昨年からは、文部科学省「大学・高専機能強化支援事業」に選定された「DXリーダー養成プログラム」を設けました。
―昨今注目されている「リスキリング」の先駆けですね。
中山 そうですね。数年前から労働市場改革の中で「リスキリング」は大きなテーマになっていますが、産技大では既に2006年からその役割を果たしてきました。
実際に調べてみると、大企業の社員も多く、彼らはスキルを身につけて転職したり、スタートアップを起したり、経営層に昇進したりと、教育の成果が出ています。文字通り、高度専門職業人として、経済活性化に大きな役割を果たしていると自負しています。
―公立の教育機関として地域社会貢献の役割も果たしているということですね。
中山 地域社会への貢献としては、都立大に「オープンユニバーシティ」や「プレミアム・カレッジ」があります。プレミアム・カレッジは50歳以上のシニア層を対象とした教育プログラムで、東京をフィールドに、少人数グループでアウトプットを行う独自のカリキュラムを提供しています。昨年7月に小池都知事にもご視察賜りましたが、シニアの方々が新しい仲間との交流を通じて刺激を受けながら、生き生きと前向きに取り組まれ、またボランティアにも参加されるなど、まさにシニア世代の生きがいと知恵を社会に還元するモデルとなっていると評価いただきました。
そのほか、都の政策課題解決の面でも貢献しています。具体的には、第4期中期計画において累計70件の共同研究等を都と実施しています。その中には都の「大学研究者による事業提案制度」で採択された「DAC(Direct Air Capture)によるカーボンステーション開発事業」もあります。これは二酸化炭素を吸着・回収する技術を応用して“カーボンステーション”を開発するというもので、大都市の未来型都市社会構築に資する研究成果です。
また、都が目指す国際金融都市確立に向けて、金融の専門知識とビジネスレベルの英語力を持った人材の育成を目指す「国際金融人材育成特別プログラム」も2025年度から展開しています。東京・日本の未来をリードする人材の輩出や、研究成果による課題の解決、社会に求められるリカレント教育の提供など、都立の大学として社会に求められる役割を果たしていきたいと思っています。
―東京都の教育機関として、これからのビジョンをお聞かせください。
中山 私は東京商工会議所で東京の将来構想委員会の委員長も務めていますが、東京の競争力強化は日本経済復活のカギであり、極めて大事だと考えていて、東京の成長・強さを日本全体で活用するという発想こそに解決策はあると思っています。なぜなら、最重要であるイノベーションの発揮には「集積力」と「多様性」が必要であって、東京ほどそれらが備わっている場所はないからです。「世界の都市総合力ランキング2025」第2位の潜在力です。
私たちは教育・研究機関であるとともに、東京が抱える課題を「知」の力で解決する都のパートナーでもありたいと考えています。教職員も学生も、自分たちが「東京という最高のアドバンテージを持つ環境」にいることを誇りに思ってほしい。その利点をフルに活用し、伸び伸びと主体的に行動し、自らの成長を社会の発展に繋げていく。そんな活気あふれる学びと研究の場を創りたいと思っています。

都立大 プレミアム・カレッジのフィールドワークの様子

中山 泰男|なかやま やすお 1952年大阪府出身。1976年東京大学法学部卒業後、日本銀行入行。名古屋支店長、政策委員会室長などを経て、2007年セコム入社。常務取締役、代表取締役社長、代表取締役会長を歴任し、2024年より同社特別顧問。ツルハホールディングス取締役監査等委員(社外)、いであ取締役(社外)、東京商工会議所副会頭、全国警備業協会顧問(前会長)などとしても活動。