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1 The Face トップインタビュー2015年10月20日号

 
三鷹市長 清原慶子さんさん
前例がないことを恐れない。前例があってもとらわれない。創意工夫で自治体のサービスを向上する。

三鷹市長 清原慶子さん

 学生時代に三鷹市で計画づくりにおける「市民参加」を体験。自分の意見が基本計画に反映されたことから、自治体に対する信頼感を得た。以来、市民として、大学教員・研究者として三鷹市政に関わり、2003年4月30日に第6代三鷹市長に就任、今年の4月から4期目の任期をつとめている。市民本位のまちづくりのフロントランナーとして走り続ける三鷹市長、清原慶子さんにお話をうかがった。

(インタビュー/津久井 美智江)

市政が穏やかな時にバトンを渡すのがベストと退任表明。しかし、後継予定者の体調不良で、急きょ再出馬。

—3期でお辞めになるご予定が、4期目も出馬することになったのは?

清原 私が3期12年で市長を退くことを考えましたのは、昨年の秋頃は、市政の取組みが比較的つつがなく進み、特に大きな争点となるようなこともない状況であり、こういう穏やかな時期に次の市長にバトンを渡すことは三鷹市政の安定のために最適ではないかと判断したからです。私の後援者の方々からは「4期目を目指すならば応援しよう」と言っていただいていましたが、そう言っていただいている時だからこそ、私が退くタイミングではないかと思ったのです。

 年が明けて、私のもとで副市長を務めてくれていた人が「清原市政を継承し、発展させよう」と出馬を決意して準備をしていたのですが、4月13日夕刻、突然の体調不良でドクターストップとなりました。告示日が4月19日と目前に迫っていましたから、私を応援する体制から継承者を応援する体制へと移行されていた皆さまが、私の続投を促してくださいました。逡巡しましたが、市民の皆様の市政への信頼を継続していただくために続投を決心したのです。

—そんな事情があったのですね。

清原 まさか自分の人生の中でこうした予期せぬことが起こるとは想像もしていませんでした。

 当時の私は4月29日の任期満了まで緊張感をもって、いつ何が起こっても市長としてやり遂げて、次の市長につなげようと思っていました。ですから、緊張感はまったく緩んでいませんでしたが、極端に短い選挙の準備期間は特に緊張の連続でした。今思い出しても、よく凌げたなと思うんですが、それは私を応援してくださっている皆さまの心の一致によるご支援があったということです。

 そして、市役所の職員が泰然自若として、選挙の時期であろうと自分たちが市民の皆さまの為に最善のことをするべく、本当に落ち着いて淡々と仕事をやってくれていたので、私は安心して急な選挙に臨めました。

—そもそも大学の教員、研究者でいらしたわけですが、政治や行政には関心はあったのですか。

清原 研究者としては関心がありましたが、自分の役割としては全く考えていませんでした。慶應義塾大学法学部政治学科で学びましたが、進路は政治や行政の世界はまったく考えず、メディアの世界で人々に伝える仕事をしたいと思って、ゼミはマスコミュニケーション論を選びました。ただし、私が卒業する時代はメディアの就職機会が多いわけではなく、もう少し勉強したいと思っていた矢先に慶応義塾大学大学院の推薦入試の候補となり、素直にもう少し勉強しようと決心して、修士課程に進みました。

 大学院に進んでから、私は必死に自分の目標や進路について考えました。その結果、博士課程に進み大学の教員を志望するとともに、三鷹市での市民参加の経験をつなげて自治体への参加と協働の活動も継続して今に至っているわけです。

 

三鷹市で学生時代に意見を反映された経験から、自治体への参加と協働の継続へ。

—三鷹市というか行政と関わるようになったきっかけは?

清原 大学院の時に三鷹市役所から連絡があり、市の基本計画素案に対する意見をまとめる「まちづくり市民会議」の委員をと依頼されたのです。「市役所が市民会議のメンバーを集めると、例えば団体の代表、あるいは団体から推薦された人で、気がつけば男性ばかり。20代の女性なんて絶対出てこない。でも三鷹市は20代の学生の意見も反映したいので、突然ですけど引き受けてくれませんか」と。1970年代後半のことですから、まさに先駆的な市民参加の取組みですね。私は政治学を学んでいましたし、三鷹市に住んでいるのですから、地域に何か貢献できれば幸いということでお引き受けしました。公募制ではなかったので、自分の意志ではなく、市役所から声をかけていただいたからこそ肩書のない学生の私が参加できたのです。

 この経験を出発点として、大学研究者になりましても一貫して、市町村、都道府県や国から審議会や研究会の委員をと依頼されたら、基本的に「ノー」と言わずお引き受けしてきました。三鷹市で意見を反映していただいたという経験があるので、参加と協働の意義を認識していると同時に、行政に対する信頼感があったのです。

—いろんな自治体が「市民参加」を標榜していますが、三鷹市がすごいのは無作為で市民に声をかけていることだと思います。公募だと、声が大きい団体の意見ばかりが注目されがちです。

「市民参加」のみたかまちづくりディスカッションの様子

「市民参加」のみたかまちづくりディスカッションの様子

清原 一般には、公募の場合はもともと関心のある人が応募されるということが多く、その反面、本当は関心もあるし意見もあるけれど自ら応募するほどのことはないと思って躊躇されている方も大勢いらっしゃることに注目しました。

 私が市長に就任して3年後の平成18年に、三鷹青年会議所から「無作為抽出の市民の皆さまの声を聞くという機会をつくってはいかがですか」という提案があったんです。私はこれだと思いましたね。以来、何度か無作為抽出の市民による討議会である「みたかまちづくりディスカッション」の取組みをさせていただいています。

 一例として、私は国と東京都に、「三鷹市ではこの問題に関係のある方、関心のある方にももちろん出ていただきますが、それ以外に無作為抽出による市民の出席をお願いしたい」と国土交通省と東京都に提案してご理解を得て、三鷹市を含めた三者が共催して、無作為抽出の市民を含む東京外郭環状道路中央ジャンクションに関するワークショップを実施することができました。このワークショップでは 外環道路についてかねてから関心を持っている人からは、無作為抽出で参加された方からの素朴な質問や問題提起をオープンマインドで聞くことで改めて視野が広がったとの感想が示されました。否定的に考えるだけではなくて肯定的に、あるいは柔軟に建設的にどうすればいいのかを考える雰囲気が生まれ、多様なアイディアが提出されて、充実した話し合いが行われました。

 

できないことはできないままにしない。理由を明らかにして、実現可能性を見出す。

—行政の仕事は継続と改革だと思いますが、これからの三鷹市政についてうかがえますか。

清原 私は市長に就任して1期目から2期目にかけて、「都市再生」を目指して、公共施設の総点検に基づく「ファシリティマネジメント」の取組みを開始しました。保育園、小学校、学校体育館等の建て替えを進めると共に、老朽化した公共施設の再生の一つの事例が「新川防災公園・多機能複合施設(仮称)」です。これは一時避難場所となる防災公園であり、総合スポーツセンター、子ども発達支援センター、保健センター、福祉センター、生涯学習センター、防災センターといった多機能を果たす複合施設でもあります。平成28年度に竣工し29年にサービス開始の予定であり、スポーツや生涯学習については市民との協働型運営の在り方をはじめ、管理運営の三鷹モデルを作っていきたいと思います。

平成28年竣工、29年からサービス開始予定の「新川防災公園・多機能複合施設(仮称)」の完成予想図ギリシア神話のメ ディーサを思わせる。脚が10本のイカ類だが、名の通り8本の珍しいイカである。 山口県 青海島

平成28年竣工、29年からサービス開始予定の「新川防災公園・多機能複合施設(仮称)」の完成予想図

 また、地域で、お子さんから高齢者までが支え合い、安心して暮らせるまちづくりを目指して、平成16年10月に市内第1号として井の頭住区で開設され、今年2月に最後の7つ目として大沢住区で開設され全市で展開している「地域ケアネットワーク」の充実と発展をはかりたいです。保健・医療・福祉の現場は地域です。そこで、「地域ケアネットワーク」は、コミュニティ・センターを管理運営していただいている住民協議会、町会・自治会の皆さまをはじめ、医師会、歯科医師会、薬剤師会といった専門家の皆さま、民生・児童委員やボランティアの皆さま、地域包括支援センターの皆さまなど多様な市民及び団体の皆さまが協働して、少子長寿社会の中でそれぞれの地域にゆるやかなネットワークを作って共助のまちづくりを進めています。住区ごとの地域の特性を活かして、今後ますます重要とされている「地域包括ケアシステム」との連動をはかりつつ、「コミュニティ創生」の機能を果たしていくことが期待されます。

—国でも地域包括ケアシステムを打ち出しましたが、三鷹市は「市民参加」をはじめ「協働」、そしてICT(情報通信技術)を活かした先駆的な取り組みが多いですね。

清原 先見性のある市民の皆さまと市民ニーズの最先端を感じるセンサーを持った職員がいるということに感謝です。それはこれまで参加と協働のまちづくりを進める過程で、市民の皆さまに提案をしていただきやすい市役所になっているということでもあります。二元代表制のパートナーである市議会議員の皆さまも、先駆的な取組みへのご理解が深いと感謝しています。

 市政においては解決しなければいけない課題は毎日のようにありますが、私自身はどちらかというと楽天的な性格です。どんな課題でも、解決できないとあきらめず、解決できると信じる力が強いように思います。これは両親に感謝です。私を天真爛漫に、楽天的に生み育ててくれたということに。

—リーダーの素質としてとても大事だと思います。

清原 もちろん、市長の責任は重いので、慎重な面もあります。基本的に前向きな私が「ちょっと待って、慎重に」と言った時には、職員は相当深刻に考えてくれます。三鷹市役所の特徴は、歴代市長も職員も決して前例踏襲ではないことです。未来志向の提案があった際には、一般的な役所のイメージにあるように「かくかくしかじかの法律や規制があるのでできません」とは言わない。できないことはできないままにしないで、なぜできないか理由を明らかにして、できるようにしようと努力する風土が三鷹市役所にはあります。前例がないことを恐れない。前例があってもとらわれない。そうしないと実現可能性は見つからず、自治体のサービスは向上しないのではないかと思います。

 これからも、『第4次三鷹市基本計画』の最重点プロジェクトである「都市再生」と「コミュニティ創生」をさらに進め、多世代交流、多層で多職種の市民の皆さまの交流の日常化によって、「民学産公の協働のまちづくり」を進め「価値創造都市・三鷹」を推進していきたいと思います。価値を創り出すのは市役所だけではありません。市民の皆さま、団体の皆さま、企業の皆さま、そして大学研究機関の皆さま、学生の皆さま、その総合力で力を合わせて三鷹市の価値を創造し磨いていきたいと思います。

 

三鷹市長 清原慶子さんさん

撮影/木村 佳代子

<プロフィール>
きよはら けいこ
1951年生まれ、東京都出身。74年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。76年、同大学大学院法学研究科修士課程政治学専攻修了、79年同大学大学院社会学研究科博士課程社会学専攻単位取得退学。ルーテル学院大学教授、東京工科大学メディア学部長などを歴任。03年4月、三鷹市長に就任。現在、内閣官房「郵政民営化委員会」委員、内閣府「官民競争入札等監理委員会」委員、総務省「消防審議会」専門委員、同「ICT街づくり推進会議」構成員などを務める。主な著書に、『三鷹がひらく自治体の未来〜品格ある都市をめざして〜』(ぎょうせい、2010年)ほか

 

  
 

 

 

タグ:三鷹市長 清原慶子さん 都市再生 コミュニティ創生 新川防災公園・多機能複合施設(仮称) 第4次三鷹市基本計画 

 

 

 

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