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インタビュー
2010年9月20日号

 

独立行政法人日本芸術文化振興会 理事長 茂木 賢三郎さん

舞台でも企業でも、その技術・技能を次世代に継承していくことが大切です

独立行政法人日本芸術文化振興会 理事長

茂木 賢三郎さん

 日本が誇る古典芸能を保存し、次の世代へ継承するとともに、現代舞台芸術の振興も担う日本芸術文化振興会。国立劇場、国立演芸場、国立能楽堂、国立文楽劇場、新国立劇場、国立劇場おきなわを統括する一方で、演技者や演奏者、観客の育成にも尽力している。昨年7月、同振興会理事長に就任した茂木賢三郎さんに、舞台芸術のことだけでなく、少子化や教育の問題についてもうかがった。

(インタビュー/津久井美智江)

古典芸能の次世代への継承と現代舞台芸術の振興と発展を担う

―独立行政法人日本芸術文化振興会(以下、振興会)の理事長に就任されるに当たり、どのような気持ちで望まれましたか。

茂木 舞台芸術の世界については知識も経験も不足でしたが、あらゆる組織はその目的とするものを掲げて、目的達成のために皆が力を合わせて努力するわけで、組織のマネジメントに関しては、民間の会社組織の中で多少の経験は積んでいます。そういう面で少しはお役に立てることもあろうかと、謹んでお受けすることにいたしました。
 それに、今までの経験領域とは違うところでいろいろ勉強させていただくのは、私にとってはありがたいことだと思いましてね。

正倉院を思わせる校倉造風の外観が印象的な国立劇場

正倉院を思わせる校倉造風の外観が印象的な国立劇場

―独立行政法人という組織に違和感はございませんでしたか。

茂木 いわゆるお役所仕事的な雰囲気が強いのではないかと思っていたのですが、意外や意外、商売っ気があるんですな(笑)。前任の津田和明さん(サントリー元副社長)のご努力もあったと思いますけれど、ビジネス・マインドが組織の中にかなり浸透しています。
 国立ですから民間の劇場と比べてお求めやすい価格設定にはなっていますが、それでも相当なお金を払っておいでいただくわけですから、演劇を楽しんで、満足感を持っていただきたい。そして、また次のご来場につなげていくという、実際の営業をやっていますので、みんな自然にビジネス・マインドを持つようになったのではないでしょうかね。

―日本の伝統文化を守り、育てていくことが振興会の大きな役割の一つですね。

茂木 私どもの使命として、古典芸能を保存し、次の世代へきちんと継承していくということがあるわけですけれども、一方で新国立劇場は、現代舞台芸術の振興と発展を担っており、両方とも極めて大事な仕事だと思っています。
 能楽、文楽、歌舞伎は、ユネスコにより「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されている、日本が誇るべき伝統的な舞台芸術です。これらの古典芸能を長く後世に伝えるためには、演技者、演奏者を育成していく必要があります。
 そこで、私どもでは早くから養成研修事業を行い、演技者や演奏者を一生懸命養成してきました。たとえば文楽の場合は、技芸員と称する浄瑠璃語りの太夫、三味線弾き、人形遣いが約80人いるのですが、そのうちのほぼ半分はこの養成研修プログラムの修了生です。歌舞伎の場合は、役者さんは約300人ですが、3割近くが修了生なんですよ。

国立劇場大劇場では、主に歌舞伎や日本舞踊などが行われる

国立劇場大劇場では、主に歌舞伎や日本舞踊などが行われる

―古典芸能というと家で伝承していくものというイメージがありますが、養成研修プログラムによって育成された人材がそんなにご活躍されているとは知りませんでした。

茂木 実演者の養成研修以外にも、例えば舞台操作の技術職などに新しい人を採用して、その人たちを先輩たちがトレーニングして次々と育てています。
 ただね、それは経済学的な表現でいえばサプライ・サイドの話です。供給側だけでは話にならない。ディマンド・サイド、すなわちお客様も大事です。お客様においでいただいて、入場料をお支払いいただかないことには、事業の継続などできないですから。古典芸能を愛してくださる、楽しんでくださるお客様を増やすために、開場の翌年の昭和42年から主に中高生を対象とした歌舞伎鑑賞教室をやってきておりまして、今年の6月にこの公演のお客様が累計で500万人になりました。

 

父親、母親の特性を生かしながら一緒に育児に携わることが望ましい

―90年代には当時の厚生省中央児童福祉審議会に8年間在籍され、平成17年には日本経団連の少子化対策委員会の初代委員長も務められましたが、少子化や教育の問題にも熱心に取り組んでいらっしゃいますね。何かお知恵はございますか。

茂木 私が初めて提案したのではないかと多少の自負があるんですが、キャッチフレーズ的にふたつばかりあります。
 一つは「親子一緒に保育園」です。育児休業中の母親ないしは父親が赤ちゃんを連れて近くの保育園に行き、専任の保育士さんのお手伝いをしながら、育児を教えてもらうのです。そこには0歳児だけでなく1歳児、2歳児、3歳児と、たくさんお子さんがいますから、さながら育児博物館。いろんな個性の子どもと接することで、子育てに対する不安感は少なくなるのではないでしょうか。
 実は私は、授乳期間中はできるだけ母親が育児休業を取ることが望ましいと思っています。授乳を通じてのスキンシップが必要だからです。まず免疫の付与という肉体的な健康に非常に意義があると専門家の方々がおっしゃっています。さらに、精神面の健康にも授乳は重要な役割を果たすということです。
 赤ちゃんの目の焦点距離はだいたい30センチぐらいで固定焦点なんだそうですね。つまり、ちょうどおっぱいを飲みながら見上げるお母さんの顔の位置です。授乳によって満足感と安心感、充実感を味わうことが、赤ちゃんの情操の発達にとてもプラスになるのだそうです。

―育児休業は母親父親半々にすべきだという意見もありますが。

茂木 一律にそうすることが本当の男女平等なのかどうかというと、私はいささか疑わしいと思います。やはり父親母親の肉体的、精神的な特性が自ずとあるわけですから、それを生かして、しかし母親だけに押しつけるのではなく、父親も育児に携わるということが望ましいと思っています。
 そういう議論の過程で私は「水曜日はパパ(ママ)の日」というのを提唱しました。どういうことかというと、母親が育児休業中ずっと家にいたのではストレスもたまるし、仕事に行かないでいると“浦島花子さん”になってしまいます。
 だから週に1日、少なくとも隔週に1日くらいは父親が休みをとって赤ちゃんのケアをする。母親は会社に出て行ってフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションをとる。そうすればストレス解消にもなるでしょうし、“浦島花子さん”状態にならずに、育児休業あけにすぐ仕事にリエントリーができると考えたのです。
 一方、授乳期間が終わったら、父親が交代で育児休業をとることを推奨したい。その場合は、「水曜日はママの日」。だから私は「水曜日はパパ(ママ)の日」と言っているのです。協力しあって子どもを育てることにより、夫婦の絆もいっそう強くなるのではないでしょうかね。

 

それぞれが仕事にやりがいを持って一生懸命努力することが大事

―教育については特にキャリア教育に力を注いでいらっしゃいますね。

茂木 キャリア教育というものは、いわゆる生涯のキャリア・ディベロップメントをいかに進めるかということを考えさせるものでしょうが、近ごろは社会人として働くための素地を作るキャリア教育の重要性が増していると思います。
 私は経済同友会のボランティア活動に参加してあちこちの学校にうかがい、出張授業を行っているのですが、その時に話すのは、「世の中は、大勢の人がいろいろな役割を果たしながらお互いに貢献し、役に立ちあいながら運営されている」ということです。醤油作りもそうですし、舞台作りでもそうです。
 どんな立派な芝居でも、主役の役者さんだけで成り立つわけではなく、脇役をはじめとする多くの役者、さらに舞台の背景の絵を描く人、大道具、小道具をそろえる人、照明を当てる人、奈落の底で舞台を回す人、幕を引く人たちがいなければいけません。
 華やかな舞台の中央で主役の俳優さんが見事なパフォーマンスをするために、どれだけ大勢の人が仕事をしているかということを理解すべきだとお話しするんです。

国立劇場10月歌舞伎公演『天保遊俠録』『将軍江戸を去る』で勝小吉、徳川慶喜を演じる中村吉右衛門丈

国立劇場10月歌舞伎公演『天保遊俠録』『将軍江戸を去る』で勝小吉、徳川慶喜を演じる中村吉右衛門丈
※画像をクリックすると拡大されます

―最近は、シンデレラの劇をやると、女の子全員が代わる代わるシンデレラをやるそうです。

茂木 それが平等だというようなことを教えているらしいですが、大きな間違い。自分がシンデレラをやれないからといって、泣いたりふてくされたりしたのでは世の中回っていきません。
 たとえ目に付かない仕事であっても、一生懸命やることによって立派なシンデレラの劇ができるよう努力することが大事なんです。

―子どもたちにとっては、世の中には本当にいろんな仕事があって、それが全部大事なんだということを知るのは驚きかもしれません。

茂木 子どもたちは目をきらきら輝かせて、感動してくれますよ。
 もう一つのキャリア教育として、正しい意味でのエリートを育てる教育もぜひ必要だと思います。エリートとは、舞台でいえば主役ですよね。主役がいなければ、素晴らしい舞台はできません。
 そういう意味で心配しているのは、官僚に対するバッシングが少し行き過ぎていることです。時にはとんでもない不祥事が報道されますけれども、私が見る限りでは、ほとんどの方は努力して難しい試験をパスし、国のために長期的な視点に立って働こうという使命感を持っています。“俺はエリート官僚だ”とふんぞり返ったり、その地位を利用するほんの一握りの人たちと十把ひとからげにして、官僚全体をバッシングするのは、むしろ国益を損なうことになるのではないかと危惧しています。
 彼らが、いい意味でエリートとしての自覚と、国家に対する忠誠心と使命感とを持って仕事をしてもらえる環境を、今再び作らなければならないと感じています。

 


独立行政法人日本芸術文化振興会 理事長 茂木 賢三郎さん

撮影/赤羽 真也

<プロフィール>
茂木 賢三郎(もぎ けんざぶろう)さん
1938年千葉県生まれ。60年3月一橋大学経済学部卒業。同年4月、株式会社東京銀行入行。62年5月、野田醤油株式会社入社。73年、ハーバード大学経営大学院修了、MBA(経営学修士)。キッコーマン代表取締役副会長を経て、独立行政法人日本芸術文化振興会理事長。このほか(社)日本経済団体連合会少子化対策委員会委員長、経済同友会幹事、文部科学省大学設置・学校法人審議会委員、厚生省(当時)中央児童福祉審議会委員、(社)如水会理事・評議員会長、ハーバードビジネススクール日本同窓会会長、日本英語交流連盟理事を歴任。

 

 

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