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生活・文化
2012年7月20日号

山下敦司シェフのフランス料理美食のススメ

 フランス料理には地域の名称や人物名などが、そのまま付けられるものがとても多いとか。一般的に知られているもの、あるいはまだまだ知られていないフランス料理についての由来・歴史などを、ARGO総料理長の山下シェフが紹介します。

 

第4回 “コルドン・ブルー”はブルーリボンで結ばれた十字架?!

 今回は、ル・コルドン・ブルー料理学校で教鞭をとり、すぐれた料理人を輩出し、数々のレシピを残したアンリ・ポール・ペラプラという料理人についてお話しします。

 アンリ・ポール・ペラプラは1869年にパリで生まれました。「料理人は先ず何よりも菓子職人でなければならない」と主張した偉大な料理人、オーギュスト・エスコフィエの教えに従い、最初の3年間は菓子屋に奉公。その後、パリのいくつかのレストランで見習いコックとして働き、ついにパリで有名な「カフェ・ドゥ・ラ・ペー」の料理人になります。

 兵役後はフランス各地とヨーロッパを転々としたのち、ル・コルドン・ブルー料理学校に教師として奉職。1914年にもう一度一兵卒として動員され、翌年ル・コルドン・ブルーに復職しようとしますが、第一次世界大戦で料理学校は閉鎖。

 そこで、レストラン「リュカ・カールトン」、「テルミヌス・ドゥナン」の料理長となり、その後ようやくル・コルドン・ブルー料理学校の教師に復職し、1932年まで教鞭をとりました。

アンリ・ポール・ペラプラ考案の「半熟卵のパルマ産生ハム巻きゼリー寄せトリュフの香り」を山下シェフがレシピをもとに忠実に再現

 ところで、ル・コルドン・ブルーの校名ですが、16世紀のフランス王アンリ3世の聖霊騎士団に由来します。

 フランスで最も名誉あるこの騎士団のメンバーは、紺のリボンで結ばれた十字架を架けていたことから「コルドン・ブルー(ブルー・リボン)」と呼ばれていました。彼らは美食家で知られ、その晩餐の豪華さは伝説となって語り継がれるほどでした。やがて時を経るにつれ、「コルドン・ブルー」は最高の料理やそれを作る料理人を意味するようになりました。

 フランス語で“Vous etes vrai Cordon Bleu”(あなたは正真正銘のコルドン・ブルーです)とは、フランス人が見事な料理でもてなされた時に、料理人(招待者の奥様)に贈る最高の賛辞の言葉として使われます。

 


<山下敦司プロフィール>

フレンチレストラン「アルゴ」(千代田区麹町)総料理長。
服部栄養専門学校卒業後、銀座「フランス料理清月堂」、大阪欧風菓子「ケンテル」を経て、1995年渡仏。
エクス・アン・プロヴァンス「ル・クロー・ドゥ・ラ・ヴィオレット」(ミシュラン二ツ星)、パリ「ル・ディヴェレック」(二ツ星)、アヌシー「オー ベルジュ・ド・レリダン」(三ツ星)、ロアンヌ「トロワグロ」(三ツ星)、パリ「ピエール・ガニェール」(三ツ星)と数々の名店で部門シェフを務め、クラシックから最先端のフレンチまで幅広く研鑽を積む。
2000年に帰国後は、ガニェール氏の推薦により「ル・コルドン・ブルー・パリ」にて6年半、料理講座教授。

 

 

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