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1 The Face トップインタビュー2013年09月20日号

 
バリトン歌手 上江隼人さん
前に進み続ける、自分を磨き続ける。それが音楽家の宿命です。

バリトン歌手 上江隼人さん

 父親はバリトン歌手、母親はピアノ教師。物心ついた頃から歌っていたのはオペラのアリアというサラブレッドだったが、進んだのは音楽ではなく、剣の道。剣道を究めようとするも叶わず、高校3年の時に歌の世界へシフトチェンジした。弱冠32歳でヴェルディ「ナブッコ」の大役を射止め、二期会オペラ・デビュー。パルマでも評判の若手ホープだ。ミラノを拠点に活躍しているバリトン歌手、上江隼人さんにお話をうかがった。

(インタビュー/津久井 美智江)

何事も経験と、覚悟して挑んだヴェルディの「ナブッコ」

—お父様がバリトン歌手で、お母様がピアノ教師だそうですね。音楽の道には自然に入られたのですか。

上江 小さい頃から半強制的にピアノをやらされていたので、違うことがしたいと、中学から剣道を始めました。高校も剣道の強い学校を選び、大学も剣道で進もうと思っていたのですが、部員が足りなかったり、顧問が代わったりといろいろあって、インターハイに出られなかった。それで、音楽の道に戻ったという気がします。

—ピアノは続けてらしたのですか。

上江 ほとんどやっていなかったですね。ただ、歌を歌うことは好きで、ポップスですけど、自分で作曲したりもしてましたので、父に「作曲家になりたい」と言ったら、「ピアノも弾けないのに作曲家なんてなれるわけないじゃないか」と言われて(笑)。「じゃあ、歌ってみるか」と、父のレッスンを受けているうちに面白くなりました。

—1年浪人したとはいえ、高3で思い立って藝大に入れるものなんですか!

上江 自分でも驚きましたけど、父はもっと驚いてました(笑)。

2012年の東京二期会「ナブッコ」

2012年の東京二期会「ナブッコ」タイトルロール。11月9日(土)には日本特殊陶業市民会館フォレストホール(名古屋)で上演される「ナブッコ」に出演する

—やはり子供の頃からの環境は大きいのでしょうね。

上江 あまり記憶はないんですが、小学校に上がる前から、イタリア古典派の歌曲とかはよく歌ってたみたいですね。

 それから、父が35歳、自分が6歳の時に、父がイタリアに留学することになって一緒に行ったんですね。その経験も大きいと思います。

 イタリアって音楽と暮らしがすごく密接なんですよ。それで、日頃からより歌を歌うようになったんじゃないかと思います。

—2012年にはパルマ王立歌劇場で鮮烈なデビューを飾られましたね。

上江 これは本当に運が良かった。その前年、ジュゼッペ・ヴェルディの故郷ブッセートで開催されたヴェルディ・フェスティバルで、たまたまバリトンの代役を探していて、知り合いのマエストロが紹介してくれたんです。演技をつけないコンサート形式だったんですが、その時に歌った「イル・トロヴァトーレ」のルーナ伯爵が高い評価をいただいて、それがパルマ王立歌劇場で歌うチャンスにつながりました。

—そして、日本でも二期会60周年記念公演でヴェルディの「ナブッコ」という大役を射止めた。

上江 正直、オーディションのお話をいただいた時は、最初断ろうと思っていたんです。「ナブッコ」は、自分の声より少し重い声が必要な相当難しい曲で、声が熟成された状態じゃないとパフォーマンスとして納得できないんじゃないかという思いがあったので……。

 ただ、パルマ王立歌劇場のマエストラ、エレナ・リッツォ女史のレッスンを受けているうちに、自分なりの形が見えてきて、できると思いお受けすることにしました。

 オペラ通の方の中には「ちょっと違う」と感じた方もいらっしゃると思いますが、自分にとってはそれも経験ですので、覚悟して挑みました。

 

良い表現をするために、努力をし続けられることが大事

日本でのコンサート風景

マエストラ、エレナ女史のレッスン風景

マエストラ、エレナ女史のレッスン風景。今年7月にはエレナ女史をピアニストに招き、日本でコンサートを開催した

—持って生まれた声の良し悪しもあるでしょうけれど、オペラの場合、高度なテクニックも必要なわけで……。声とテクニック、どちらがより大事なんでしょう。

上江 同じテクニックがあって、どっちをとるかと言ったら良い声の人です。でも、テクニックというのは、努力しないと手に入らないんですね。良い表現をするために、努力をし続けられることが、一番大事なんじゃないかと思います。

—具体的にはどんなことをされていらっしゃるのですか。

上江 身体の使い方を知るとか、美しいものを求めるとか、それから食べるものにも気を遣っています。例えば、肉は本番の前日には食べません。ヨーロッパの方はもともと狩猟民族なので、肉を食べた後すぐにエネルギーに代えられるけど、日本人は時間がかかると医師から聞きましたので、食べるなら2日前までに食べる。そうしたら、だいぶパフォーマンスが安定しました。

 身体が楽器なので、食べ過ぎたりするとブレてしまうんですよ。

—運動とかはされないのですか。

上江 ストレッチとか歩いたりはしています。でも、特に筋トレとかはしていないですね。筋肉が必要ないというわけではないんですが、筋肉が硬くなると声も硬くなる。

 できるだけ柔らかい声を出すためには、インナーマッスルが発達しているほうが向いていると思います。

—レッスンは今も先生についているのですか。

上江 もちろん。前の先生は同じバリトンで、レパートリーもほぼ同じだったので、彼の歌い方を盗むという感じでしたけど、今度の先生はテノールの方なので、いかに声をキラキラさせるかということを勉強しています。

—キラキラ?

上江 キラキラというか、高い音。発声がよりしっかりしていないと、高い声って出ないんです。破綻なく高い音まで出せるということは、つまり身体という楽器がちゃんと仕上がっていることでもあるんですね。常に、少しずつでも前に進み続ける、自分を磨き続けることが、音楽家の宿命だと思っています。

—オペラは歌だけでなく演技もありますよね。演じることと歌うことは違うものなのですか。

上江 基本的には両方とも言葉ありきなんですね。歌うにも言葉をしゃべらなければなりませんし、演技するにも言葉をしゃべらなければならない。だから、言葉を熟知すること、物語の背景や人間関係を知ること、この2つは常に追求しています。

 イタリア・オペラは特に、その作業があって初めてそれぞれの歌手の個性が生まれるのではないかと思っています。

 

ベルカントとは、歌手にとっての「道」武士道に通じるものがある

—言葉が大事ということですが、イタリア語の発音はどうやって習得されたのですか。

ヴェルディの故郷であり、上江さんのイタリアデビューの場所でもあるブッセートのヴェルディ劇場

ヴェルディの故郷であり、上江さんのイタリアデビューの場所でもあるブッセートのヴェルディ劇場

上江 例えば、バーとかで隣でしゃべっている人の声をじーっと聞いて、よく観察していました。イタリア語の特徴なんでしょうけど、声が当たる場所があるんですよ。そこを意識して生活するようになって、ストレスなく発音できるようになったと感じています。

—言語によって使っている周波数が違うといいますよね。

上江 なるほど。周波数の話なんですけど、オーケストラの周波数って、3000Hzより大きい楽器ってあまりないんです。でも、イタリア・オペラの歌唱法の理想といわれるベルカントの発声は3000Hzより上。だから、何百人というオーケストラをバックにしても、良い発声の人は声がちゃんと通るんでしょうね。

—能楽の世界では「声を束にして後ろの席の人に聞かせなさい。ただし、一番後ろと一番前は、同じ音で聞かせなきゃいけない」といわれているそうです。

上江 オペラの世界では、近くで聞いていても全くうるさくなく、遠くまですーっと届く声を“よく飛ぶ声”というんですよ。

—オペラを含め、クラシックって基本的に再現音楽ですよね。いかに作曲家が描いた世界に近づくかというのが一つの理想だと思うんですが、一方で自分の世界を表現することもあると思います。その辺の折り合いはどうつけているのですか。

上江 確かに、クラシックの場合は、譜面の力というか束縛力はすごく強いですね。それに、指揮者の力が強いので、指揮者の指示通りに歌うのが基本です。だから、譜面通りにきっちり歌わせる指揮者についた場合は、そういう風に歌います。

 ただ、オペラ歌手の場合は俳優の側面もありますから、役の作り方で表現する傾向はあります。特にバリトンで演技のうまい人は、人と違うことをしていても必ず筋を守っているんですね。そういう人が年を取ってくると、誰が聞いてもその人の歌だと分かる。それはある意味、オリジナリティを追求した結果なのかもしれないです。

—持って生まれた声の良さ、その声という楽器を弾きこなす努力を続けた結果ということですね。

上江 ベルカントというのは、人間が生まれ持った機能を強くして、長く歌い続けるためのテクニックなんですね。本当にテクニックを持った人だと80になっても90になっても若い声で歌えます。

 ベルカントとは、歌手にとっての「道」なんじゃないかと思いますね。自分は剣道をやってい たと言いましたが、武士道の感じとすごく似てる。人として、剣を学ぶためにどういう風に生きていくのか、歌を志してどういう風に生きていくのか。

—ベルカント道、ですね。

上江 ベルカント道です(笑)。

—最後に、上江さんにとってオペラとは何ですか。

上江 オペラは、一つの作品を作るのに何百人という人が関わっている総合芸術です。自分は、そんなみなさんの思いを代表して舞台に立つわけですから、それだけの責任感とか使命感がある。それは人としてステップアップできるということだと思うんです。まあ、結局は楽しいんでしょうね、みんなで何かを作ることが。

 

バリトン歌手 上江隼人さん

撮影/木村 佳代子

<プロフィール>
かみえ やはと
1979年、千葉県市川市出身。東京藝術大学音楽学部声楽科首席卒業、同大学院首席修了。2006年、ディマーロ国際声楽コンクール「Val di sole」第1位。07年、ブッセート市ヴェルディ国際声楽コンクール、ファイナリスト。09年、サンマルコ寺院(ミラノ)で行われたMITO音楽祭「荘厳ミサ曲にソリストとして抜擢。11年、ヴェルディ・フェスティバルにて「イル・トロヴァトーレ」のルーナ伯爵を演じ、称賛を浴びる。12年、東京二期会本公演「ナブッコ」、パルマ王立歌劇場「スティッフェーリオ」などで熱唱。同年、第23回五島記念文化賞オペラ部門 新人賞。13年、びわ湖ホールオペラ、神奈川県民ホールオペラ共同制作「椿姫」にて父、ジェルモン役で好評を博す。二期会会員。※11月30日(土)ファンタスティック・ガラコンサート2013 煌めきのオペラ&バレエ(神奈川県民文化ホール大ホール)、14年2月20日(木)23日(日)ドイツ・フランクフルト歌劇場との提携公演、東京二期会オペラ劇場「ドン・カルロ」(東京文化会館大ホール)に出演

 

  
 

 

 

タグ:バリトン歌手 上江隼人 二期会 オペラ

 

 

 

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