ホームドアはホーム上の安全対策だけでなく、
バリアフリー設備としても効果を発揮する
平成12年度より東京都交通局が進めてきた都営地下鉄全106駅へのホームドア整備事業が、令和6年2月、京成電鉄と共同で整備を進めてきた浅草線押上駅の運用開始をもって完了した。高額な整備コスト、複数の鉄道事業者との相互直通運転など、山積する課題を解決したQRコードを使用したシステムについて、東京都交通局車両電気部信号通信課フェロー、岡本誠司氏に開発秘話を伺った。

東京都交通局 車両電気部信号通信課 フェロー 岡本誠司氏
ホームドア設置後、年間10件以上の転落事故が0に
—都営地下鉄では、昨年2月にホームドアの設置率が100%となりました。ホームドアの導入のきっかけは?
岡本 平成12年に相互直通運転を開始した三田線でワンマン運転を進めるにあたり、車掌の業務を機械化することでした。車掌の大事な仕事の一つが、車両がホームを出発しきるまでの間にドアが閉まっているか、人が挟まっていないか等を確認することです。その課題を解決するのがホームドアだったのです。ホームドアがきちんと閉まっていれば、お客様と車両の間が物理的に離れますから、監視はいらないというわけです。
当時は天井まであるフルハイトのホームドアしかなく、三田線を営業しながらそれを取り付けるのは無理。腰高のホームドアだったらできるのではないかと、その寸法の検討から始めました。高島平駅の入庫用ホームを使って実験したのですが、お客様からは効果を疑問視する意見が多かったです。しかし、三田線ではホームドア設置後、年間10件以上あった転落事故が0になった。ワンマン運転のための導入でしたが、ホーム上の安全対策としてだけでなく、バリアフリー設備としての効果が大きいことが分かりました。
特に視覚障害者にとっては、ホームドアのない駅は「欄干がない橋」のようなものです。視覚障害者団体は、ホームドアの整備を進めるよう国などに求めていました。交通局としては、三田線の実績も踏まえ、平成18年に都営地下鉄全駅へのホームドア設置を計画に盛り込み、各路線で整備を進めることにしたのです。

ホームドア整備率とホームからの転落件数の推移
ホームドア開閉連動技術を メーカーと共同で開発
—平成12年に三田線、平成25年に大江戸線、令和元年に新宿線の整備が完了しました。浅草線が最後になったのはなぜですか。
岡本 浅草線は、複数の鉄道事業者と相互直通運転を行っているため、各社との調整が必要だったのです。京急、京成、北総、芝山鉄道、都営地下鉄の5つの事業者が、4両編成だったり6両編成だったり、ドアが2つだったり3つだったりと種類が異なる車両で同じ駅を利用する。これがホームドアを整備する上で、高いハードルとなっていました。
車両のドアとホームドアを安全に開閉するためには、ドアの位置や車両の数、ドアの開閉状況などの情報を、車両側とホームドアに取り付けられたセンサー間の無線通信によって正確に連動させなければなりません。三田線・大江戸線・新宿線のほか、多く鉄道事業者がこの方法を採用しているのですが、車両にセンサーを取り付けるための改修には、1編成あたり数千万円かかるとされています。経営規模や運行本数なども異なる4つの事業者すべてに、高額なコストがかかる車両改修をお願いするのは無理だと判断しました。
そこで着目したのがQRコードです。QRコードは、これまでも箱に貼って在庫管理や箱の中のリスティング、農産物等のトレーサビリティなどに使われていましたが、これを車両の扉に貼って、そこから情報を読み取る方法にすれば、車両改修の必要もなく、安価ですむのではないか。そこでQRコードを考案した株式会社デンソーウェーブとホームドア開閉連動技術を共同で開発し、これらの課題を解決することができました。この技術は、他の鉄道事業者におけるホームドア整備の一助となるよう、特許をオープンにしています。

QRコードの特徴をいかした仕組み
※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標

QRコードを車両ドアに貼り、ホーム上のカメラ(読み取り装置)で編成車両数や車両ドア数などの情報やQRコードの動きを検知し、車両ドアの開閉に合わせてホームドアを開閉する
・右から左に2枚のQRコードが同時に動くと「車両が動いている」と認識
・2枚のQRコードが同時に止まると「車両が止まっている」と認識
・2枚のQRコードがそれぞれ左右別の方向に動くと「車両のドアが開いた」と認識
・2枚のQRコードがそれぞれ左右から中央に集まると「車両のドアが閉じた」と認識
・2枚のQRコードが同時に左に動き始めると「車両が出発した」と認識
約20億円の車両改修費用が約270万円に 大幅なコストカットが実現
—QRコードがうまく読み取れないということはないのですか。
岡本 地下鉄とはいえ地上も走りますので、日光の状況や風雨による汚れなどにも影響を受けます。それでも正確に情報を読み取れなければなりませんから、車両が動いていてもカメラで捉えやすいタフネスQRコードを新たに開発しました。
ポイントはQRコードにつけた外枠とその一部にある点々です。
QRコードは3つの目玉があって、その中が碁盤目のようになっているのですが、この点々があることで読み取りが非常に速くなるのです。さらに、誤り訂正機能が、普通のQRコードだと30%くらいの復元率なのですが、その能力を50%に上げました。つまり半分見えなくなっても、何が書いてあるか読み取れるので、光や汚れの問題が解決できるのです。
車両にセンサーを取り付ける従来の方式で都営浅草線の車両を改修した場合、少なくとも20億円かかると試算されていました。しかし、この方法だとQRコードを印刷して貼り付けるだけですから、費用はおよそ270万円に抑えられました。
特許は開放していますので、この技術を広く活用して全国でホームドアの設置が進んでほしいと願っています。

三田線

大江戸線

新宿線

浅草線