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1 The Face トップインタビュー2014年05月20日号

 
伝統工芸士 朝香元晴さん
浮世絵は、絵師、彫師、摺師など日本の技術の粋が結集したものです。

伝統工芸士 朝香元晴さん

 色気づく前の16歳、高校を2年で中退し、京都に木版画の修業に行こうと決めた。初めは創作版画を目指すも、歌麿に出合い、日本一の彫り師になろうと決意。シャープな線、きれいな線を忠実に再現するその卓越した技術は、後進の技術者にも多大な影響を与えている。自らを「職人です」ときっぱり言い切る伝統工芸士、朝香元晴さんに浮世絵の話をうかがった。

(インタビュー/津久井 美智江)

歌麿の世界に出合い、日本一の彫り師になろうと決意した。

—初めて木版画に出合ったのはいつですか。

朝香 小学校6年の時です。父が教育熱心で息子を東大に入れたいと、小学校、中学校と町田市から文京区に通わされたんです。当時、湯島小学校、文京四中、小石川高校、東大というコースがあったんですよ。

 文京区は木版画が盛んで、小学校の卒業アルバムを木版画で作ることになり、湯島天神を彫ったのが木版画にのめり込むきっかけです。中学校の時には3年連続で木版画展に入選しまして、高校の時には文化祭で個展をやりました。その時に将来これで身を立てられればいいなぁと思いました。

 そんな時、浮世絵の研究者として有名な高見澤忠雄先生に出会い、「色気づく前に、京都に彫師の名人がいるからすぐ行きなさい」と言われ、悩んだ末に高校2年の16歳で中退して京都に修業に行くことにしたんです。

—お父様は反対されなかったんですか?

朝香 父が独立してつくった会社が倒産しまして、たまたまその頃、家に父がいなかったんです。

 4人兄弟の末っ子なんですが、兄たちの反対を押し切って一人で京都に行くことを決めました。

 今、振り返ってみると、色気というのは、女性に対してだけじゃなくて、お金や社会的地位みたいなものに対するものでもあったんだと思います。世間を知らないうちに一つことに没頭させれば、この道しかないと思うんじゃないかというね。

15年から20年は修行しないと美人画は彫れないという

15年から20年は修行しないと美人画は彫れないという

—内弟子のような感じだったのですか。

朝香 そうだと思っていたんですが、実は師匠は後妻を迎えていまして、お茶屋の娘さんで水商売関係なんですね。だから寝るのが朝方。生活リズムが全然違うので、内弟子は持たないということだったみたいです。

 それに、定時制高校にも行っていいとか、いろんな条件があったんですが、現実はそんなに甘くはなかった。自分でアパート借りなさい、定時制高校とんでもない。アパート借りるのもお金が必要ですからね、仕事を終えるとすぐ、うどん屋の出前のバイトに行きました。7年間やりましたよ。

—何も知らずに行くその勇気もすごいですね。初めから浮世絵の彫り師になるおつもりだったのですか。

朝香 初めは創作版画を目指していました。でも、師匠が美人画を彫っていたので考え方を変えたんです。そして、歌麿の美人画に出合った時に、よし日本一の彫り師になろうと決意した。このシャープな線、きれいな線を彫れるってすごい、こういう線を忠実に再現したい、誰にもまねできないものを彫りたいと強く感じました。京都に行って2、3年後のことです。

 本来、浮世絵って江戸のものですから、東京なんですね。京都の人間に負けてたまるかという気持ちをいつも持っていましたし、僕が高校を中退して修行に行くことになった時、同級生が快く送り出してくれ、その後もずっと応援してくれていたので、故郷に錦を飾りたいという思いもありました。

 

江戸時代、我こそが名人だと競い合って、1ミリに7本の毛割を彫る職人が生まれた。

—修行は何年くらいされたのですか。

版木には山桜を使用。版木に鉋をかける職人も大事

版木には山桜を使用。版木に鉋をかける職人も大事

朝香 17年です。7年目から職人扱いしてもらえることになりましたが、技術的には全然だめ。美人画になると、最低15年から20年やらないと彫れないですね。

—今、彫師は何人くらいいるのですか。

朝香 東京に6、7人、京都にも若手は6人くらいいると思います。でも今、美人画の「毛割(けわり)」が彫れるのは、僕ぐらいしかいなくなってしまいました。

—毛割とは?

朝香 髪の毛の生え際の毛のことです。江戸時代の名人になると、1ミリに6本から7本彫れた。江戸っ子ですから、絶対誰にもまねされたくない、我こそが名人だと競い合って彫巳(ほりみの)とか彫竹(ほりたけ)といった名人が出てきたんでしょうね。僕は1ミリに4本ぐらいしか彫れません。

—それは道具のせいなんでしょうか。

朝香 技術が悪いんでしょうね。それに鋼の道具や桜板も悪くなっています。

道具を研げるようになるにも10年から15年かかるそう

—それでも1ミリに4本というのはすごいです。でも、どんなに彫りが素晴らしくても摺りがちゃんとしてないと1ミリに4本の線は出せませんよね。ご自分で摺りたいと思ったことはないのですか。

朝香 僕の手はね、女性のようにやわらかい。彫りは繊細ですから、ものすごいやわらかくならなきゃいけないんです。反対に摺師はバレンで力強くこすりますから固くなる。彫師も修業を積んだ最高の彫師、摺師も最高の修業を積んだ摺師じゃないと、特に美人画はできないですね。

 蔦谷重三郎の版元があった当時は、歌麿の絵をこうやって彫ってくださいと打ち合わせして、後は彫巳、彫竹といった彫師に任せるんですね。歌麿はああいう繊細な線は描けないので。一本ずつ息を止めて一気に彫るんです、毛割を。だからものすごく勢いがある。生きているんですよ。

—それぞれのすごいプロフェッショナルの技が集まらないと、こういうものはできないわけですね。

朝香 絶対無理ですね。

—私は、エキゾチックで、今まで見たことがないものだから、ヨーロッパの人たちがびっくりしたんだろうという認識だったんですけれど、技術の高さもあったんですね。

朝香 もちろんそれもあったでしょうけど、色にも驚いたと思いますね。

 紅花から採った紅の鮮やかさとか。それにバレンで摺って紙の繊維にまで色が入っていますから、水にぬらしても色がぼけないんですよ。そういう点にもびっくりされたんじゃないでしょうか。 僕は今、越前の岩野市兵衛さんという人間国宝の方に漉いてもらっているんですけど、木版画というのは紙を湿らせて刷るんですね。そうすると、すごく薄いんですが、サイズが大きくてもぴんとしている。ちょっとでもパルプが入っているとフニャッとなってしまいます。

—浮世絵って、絵師、彫師、摺師だけでなく、和紙を漉く人や顔料をつくる人など、まさに日本の技術の粋が結集したものなんですね。それは芸術家というのか職人というのか……。

朝香 職人です、僕たちは。

 

技術はコツを盗むもの
教えても絶対にまねできない。

—今は主に浮世絵の復刻をされているのですよね。新しい絵に出合いたいという願望はお持ちにはならないのですか。

朝香 僕たちはいかに忠実に復刻するかを修業してきたので、絵描きさんがびっくりするくらい忠実に復刻することに命をかけているという感じです。

 僕の場合は浮世絵だけでなく日本画の複刻もやっているんですね、国宝の復刻とか。原画と僕たちの木版画を並べてもらって、一般の方がわからないと言ってくれると本当にうれしい。

—先ほどおっしゃった芸術家か職人かといったら、職人だと。

朝香 今、一緒に組んでいる摺師は、僕は日本一だと思っているんですけど、日本画や国宝の復刻は、もうできる人がいないんですね。この雪舟の国宝「秋冬山水図 冬の図」は、500年前の雪舟の絵より5ミリ小さくしてつくったんですが、墨の濃淡で62色ぐらいあるんですよ。

雪舟の国宝「秋冬山水図 冬の図」は62度摺り37版。浮世絵は普通10版前後

—62色!

朝香 62度刷りで、37版。これは本当に難しいですよ。

—日本の技術ってすごいですね。世界的にここまでの技術はあるんですか。

朝香 日本だけでしょうね、こんなに繊細なのは。500年前の中国に、門柱に木版画を貼った「年画」というのがあって、ものすごく技術が向上してきたんですが、浮世絵に比べると差がありますね。

 僕たちの場合、10年ぐらいしてから師匠のいないところで毛割を練習するんです。そうすると、5、6年で彫れるようになるんですね。でも、これも彫れる師匠につかないと彫れないんですよ。

—できない人のまねをしてもできないですものね。

朝香 そうなんです。ちょっとしたコツなんですけど、そのちょっとしたコツの技を盗む。どうやって彫ればいいのか、自分で失敗していくとわかるんですね。

 僕は今、木版画の教室をやっていまして30人の生徒がいるんですが、生徒にも弟子にも、世界から来る方にも、全部教えるんです。同業者からは「苦労して習得した技術を、なんで全部教えるんだ」と言われますが、今、この伝統技術を伝承していかない限り、途切れてしまいます。そのことが危惧されるからこそ、僕が教えられることは全部教えるんですよ。

—もしまねできて、自分の技術を超えたら、それは心から喜ぶべきことなんでしょうね。

朝香 そうです。でも今は修業が少ないから厳しいでしょうね。よっぽど集中して没頭し、30歳までは恋愛もしない、これ一本でやっていくくらいの思いがないとちょっと無理でしょう。でも、そういう人が出てくることを期待もし、夢見ております。

—すごい世界ですね。最後に、今後の夢というか、目指すところは?

朝香 やはり、素晴らしい浮世絵を日本でもっと広めたい、世界にもっと広めたいという思いがあります。それから、木版画プラス浮世絵の普及活動にも力を入れていきたい。世界の人が認める日本の伝統技術を、僕たちの時代で廃らせてはだめです。この技術を残したいというのが一番の夢ですね。

 

伝統工芸士 朝香元晴さん

撮影/木村 佳代子

<プロフィール>
あさか もとはる
昭和26年生まれ、静岡県出身。16歳の時に高見澤版画研究所の高見澤忠雄氏に勧められ、京都の菊田幸次郎氏に弟子入り。平成13年、独立して摺師の菱村敏氏と「匠木版画工房」を設立。精緻な技、繊細な神経と高度な技術を駆使し、浮世絵木版画や現代版画を多数手がける。東京国立博物館所蔵の国宝を史上初めて正式認可を得て復刻させた経験も有する。文部大臣認定浮世絵木版画彫摺技術保存協会事務局長、東京伝統木版画工芸協同組合理事、東京木版画工藝組合役員

 

  
 

 

 

タグ:伝統工芸士 朝香元晴 浮世絵 匠木版画工房

 

 

 

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