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1 The Face トップインタビュー2014年08月20日号

 
書家 中嶋宏行さん
書は心の動きを映し出した時間美

書家 中嶋宏行さん

 子どもの習い事として書道を始めた。字を書くことが好きだった。大学院を修了後、専攻した都市計画の仕事に就いた。ある時、趣味の延長で個展を開催。形になるまでに何年、何十年とかかる上に、多くの人の合意が求められる世界とは真逆の、自分だけでつくったものが評価される喜びを知った。イタリア・ローマでの展覧会を機に、書家としての活動を開始。書の新しい世界を求めて日々もがき続けている。奥深い書の世界を書家の中嶋宏行さんにうかがった。

(インタビュー/津久井 美智江)

アートの本場で勝負するために海外へ
そこで自分のアイデンティティーに気づく

—漢字一文字の作品が多いですね。

中嶋 書家として本格的に活動を始めたのは2000年、イタリア・ローマの展覧会なんですが、海外に出たばかりの頃は鼻息が荒いので、ポロックやフランツ・クラインまがいの抽象ドローイングを好んで書いていた時期があるんですけど、最近また文字に回帰したというか……。

—本格的に始動したということですが、建築学科の大学院を修了されてからの約20年間はどんな仕事をされていたんですか?

パフォーマンスの様子

パフォーマンスの様子

中嶋 建築学科といっても専門は都市計画なので、まちづくりの構想や計画をつくっていました。書は習い事として6歳から始めて、趣味として続けていましたが、どこかで仕事にできたらいいなという思いはあったと思います。なにしろ都市計画の仕事は、形になるまでに何年、何十年もかかる。しかも、いろんな人の合意を経ないといけないので、自分でこういうものをつくりたいと思っても、最終的には全然違うものになってしまったりします。

 ある時、都市計画コンサルタントの仕事をしながら、街の小さな貸画廊で個展を開いたのですが、その時、自分だけでつくったものが気に入ってもらえ、その場で売れてお金が入るという新鮮な感覚を味わって、病み付きになりました(笑)。

—わりと早くから海外に行かれましたよね。それはなぜですか。

中嶋 野球選手が大リーグを目指すように、アートの本場で勝負したいという気持ちがありました。

—書はアート、芸術というふうにとらえていらっしゃる。

中嶋 書というものは本来、自己表現のはずだったんですが、日本の場合は習うものという形で広く浸透したんですね。中国では書法、韓国では書藝といいますが、日本では書道というように「道」。「師」がいて「弟」がいて伝えるべき型があって、型から逸脱できない世界。ですから、作家として生きようとすると息苦しい。その点、海外にはそういう文化はありませんし、それが逆にアドバンスになると思い、海外から活動を始めました。

—ところが、また文字に回帰した。

中嶋 ある時、はたと気づいたんです。自分は書という脈々と受け継がれてきた財産を持っている、自分のアイデンティティーを大事にするべきだと。

 海外に行くと、日本では気づかなかった自分の特徴が写し鏡のように見えてくるんですね。拠って立つところがはっきりした。それからですね、自分は書の系譜を受け継いで、それを大事にしてやらなきゃいけないと、また文字に戻ったんです。

 

自分が認識していない新しい自分を発見した時に感動がある

—文字に戻ってきて、改めて書とはどういうものだと思いますか。

中嶋 いわゆる西洋の絵画は、描く前にある程度青写真をつくる、エスキースといいますが、そのエスキースに沿って何日かかけて1枚の絵を完成させていきます。

 でも、書は1枚書くのに1分もかかりません。100枚、200枚、300枚と積み上げていって、後は自然に任せ、最後に1枚を選び取って完成する。だから選び取るのも制作のうちなんです。

—3つくらいできることもあれば、1つもできないこともあるわけですよね。

中嶋 もちろんです。書というのはハートから手、筆先まで直結しているので、思ったものが筆先を通して線や形になる。もろに我が出るんですよ。2枚、3枚と書いていくと、次はもう少しうまく書こうと。

 人間ですから当たり前なんですけど、そうすると、自分のテクニックに酔っていくというか、あざとくなったり、これ見よがしになったりする。その辺のさじ加減、作為と無為のバランスが難しい。

—書の楽しみというか醍醐味はどんなところでしょう。

中嶋 今年5月の展覧会のテーマは「未だ見ぬかたち」だったんですが、自分の中でまだまだ認識できていない新しいものが、実は水面下にたくさんあって、そういうものがパーッと出た時に新しい自分を発見したような気持ちになる。

 書はやり直しはきかないし、上から塗り直すこともできないので、その時の自分の心が写し絵のように線や形に出るんです。予期せぬものがポッと出た時の感動、それが楽しくてやっているようなものですね。

—都市計画とはある意味真逆ですね。

中嶋 フルタイムでこういう活動をするようになって10年。まだ駆け出しです(笑)。だから、やりたいことが山のようにあるので、フィジカルがついていかなくなると怖い。一生懸命がんばって身体をつくっています。

—何をしてらっしゃるんですか?

中嶋 20歳ぐらいからずっと太極拳と水泳をやっています。後で気がついたんですけど、太極拳と書ってものすごく深くリンクしている。書って書き始めたら書き終わるまで、途中でやめられないし、逆戻りもできない。太極拳もね、動き出したら止まらないんですよ。

 書の場合は筆脈、太極拳は気脈と言うんですが、気持ちを途切れさせないで始めから終わりまで一気呵成にいくしかない。時間にリンクしている点で、一緒なんです。

 そして、書の場合は、身体の軌跡が筆の線として残る。筆の線の跡を見ると、ここはゆっくり沈着に動いたなとか、ここはグーッと力を入れたなとか、筆跡をスタートから終わりまで目でたどると、時の流れが記録紙ならぬ記録線みたいな形で追えるんです。

—心の動きが一つの作品に凝縮されている。

中嶋 まさにおっしゃるとおりで、それって時間美じゃないですか。ダンスは踊ると消えてしま いますけど、書は線や形に定着してタブロー(作品)になる。すばらしいことだと思います。

 さっき文字に回帰したと言いましたが、それは文字だからこそなんですよ。文字には書き出しと書き終わりが必ずあって、書き順のルールから逸脱できないでしょう。

 書は、制約があるからこそ成立する時間美なんです。

 

洗練されてなくて未熟でも、新しいスタイルのものをつくりたい

—パソコンや携帯端末が普及して、筆で書くことはおろか、ペンでさえ字を書くことがめっきり減りました。

中嶋 手紙は極力手で書くようにしていますけど、僕だって圧倒的に減りましたよ。

 大げさな話をすると、人類は文字が生まれてからずっと手で書いてきたわけですよ、何千年も。日本では150年ぐらい前に筆からペンになりましたが、それでも一応手で書いていたわけです。

 ところが、この10年、20年の間に文字は書くものから打つものに変わった。これってとんでもない事態だと思うんですよね。そういう意味でも書が持つ意味はあると思います。

中嶋宏行氏 作品「月」

「月」

—絵だってコンピュータで描く時代ですもんね。

中嶋 脳に電極をつけて、字を書くのとキーボードで打つのと比べると、字を書く方がはるかに脳を使っているそうです。キーボードを打つ動作は複雑なことやっているように見えますが、非常に単純。たとえばPならPの字を見つけて押すだけですから。

 ところが、字を書く動作は、微妙な指先の動きをしながら文字の形をつくっていく。退化なのか進化なのかわかりませんが、字を書くことが日常から遠ざかってしまうのはどうなんですかね。

—同じ言葉でも気持ちは文字に表れますものね。

中嶋 書の原点ですよね。たとえば、「ありがとう」と書いた時に、おざなりなありがとうなのか、心をこめたありがとうなのか、書きぶりっていうんですけど、書きぶりに出る。だけど活字だと、みんな同じ「ありがとう」になってしまう。

 手で書いた文字は、記号的な文字の意味に、書きぶりという感情もプラスされた情報になるんですよ。

—多分思考形態も変わってくるのではないかと思います。最後に文字に回帰してきて、今後はど ういう方向に向かおうとしているのでしょう。

中嶋 方向性が見えると苦労はないんですが……。ただ、少しでもできたらいいなと思うのは、 たとえば絵は20世紀に入って具象から新しく抽象というスタイルを生み出しました。音楽も調性の音楽から無調の音楽になりましたね。

 ところが、書は中近世に確立したスタイルをひたすらソフィスティケートして、今に至っている。いろいろ変化はしていますが、様式としてはずっと同じなんです。洗練に洗練を重ねて、その系譜を受けて、次の一歩を出したいですね。

 結局、筆を持って紙に書くと、延々と築かれてきた書法というのが出てしまう。あえて出てしまうと言いますけど、それだと外に出られないんですよ。だから、墨滴を落として書いてみたり、筆をあえて紙につけずに書いてみたり、左手を使って字を逆さまに書いてみたり……。そういうキワモノっぽいことも含め、いろいろ試しながら、僕はもがいているんです。

 だから、既存の様式の中で、これ以上ソフィスティケートできないような洗練されたものをつくるよりは、多少洗練されてなくても、未熟でも、誰もやったことのないような新しいスタイルのものをつくり出せたら幸せです。

 

書家 中嶋宏行さん

撮影/木村 佳代子

<プロフィール>
なかじま ひろゆき
1956年、千葉県生まれ。千葉大学工学部建築学科を経て1981年、同大学院修了。6歳から書を学ぶ。2000年からイタリア、ドイツ、フランス、フィンランド、アメリカなどで個展やパフォーマンスを展開。06年、フランスの第60回アヴィニョン・フェスティバルに招待され、パフォーマンス『LUNE/月』を発表。08年よりミラノにアトリエを構え、日本とイタリアを拠点に書家として活動。BS―i「筑紫哲也の現代日本学原論」、BS―i「プロヴァンスに『月』を書く―中嶋宏行の太筆が舞う―」などに出演。http://www.sho-jp.com/

 

  
 

 

 

タグ:書

 

 

 

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