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1 The Face トップインタビュー2015年09月20日号

 
海の写真家 吉野雄輔さんさん
水面下50cmには、構造の違う生き物がいる別世界がある。

海の写真家 吉野雄輔さん

 大学時代にダイビングに出会った。卒業後は海に潜りながら、世界中を放浪。水中写真家として活動を始めても、被写体を決めて効率的に撮ることはせず、偶然の出会いや発見を大事にしてきた。その感動が写真にも表れるのだろう。シャープでアーティスティックな写真は多くのファンをもつ。海と海の生物すべてを愛する海の写真家、吉野雄輔さんに海の魅力を語っていただいた。

(インタビュー/津久井 美智江)

できる時代だからこそ、しないということが大事

—『世界で一番美しい海のいきもの図鑑』拝見しました。すごくきれいで、感動しました。どうやって撮ったのですか。

吉野 ものによっては特殊な撮り方をしているものもありますけど、9割以上はごく普通に、ただ水中を泳いでいるところをパシッと撮ってます。この本に写っているすべての生き物は、本のように見られますよ。

 今はいくらでもデジタル技術で加工できますけど、小手先で色を変えたりとかは一切していない。できる時代だからこそ、しないということが大事なんだよね。僕が見 せたいのは、あるいは読者の人が見たいのは、本当に自然の中にいる生き物の姿だと思う。だから、全て僕の目で見ているもの。それ以上でも以下でもない。本当に、こ れが海。

—もともと海はお好きだった?

水中で撮影中の吉野氏 撮影/シーアゲイン

水中で撮影中の吉野氏 撮影/シーアゲイン

吉野 海中の世界には興味はありました。僕らぐらいの世代は、みんなクストーの影響を受けているんじゃないですかね。フランスのダイビングの草分け的な人です。た だダイビング自体、僕らの若い頃はどこで習っていいかもわからなかったし、ありふれたものじゃなかった。

—いつ頃のことですか。

吉野 40年ぐらい前ですかね、21歳の時。大学が終わったら世界中を放浪しようと思っていて、ダイビングも覚えちゃったから、じゃあダイビングしながら放浪しよ うと……。トータルで2年ちょっと世界中の海を潜って、ふらふらしていました。

—その時の旅で得たものはどんなことですか。

吉野 世界は広くて、みんな違うということですかね。海自体、世界中違うし、いろんな価値観のところを回るわけだから、考え方が広くなったんじゃないのかな。

—写真はもう撮っていたんですか。

吉野 たまたま出かける時に水中カメラをもらって、撮って日本に帰ってきたけど、あまりうまく写ってなかったんですね。それで写真の勉強をしようと思って、伝手を 頼って広告カメラマンのところに手伝いに行っているうちに、アシスタントやってくれないかということになった。2年ぐらい経った頃、師匠が僕の旅の話を聞いて、「俺も旅に行きたい」って、スタジオをたたんで海外に行っちゃったんです。

 その時に一つか二つ簡単な仕事をいただいて、それをレギュラーでやりながら、小笠原に撮影に行きまして、写真を売りに行ったら売れちゃって(笑)。なんとなく水中写真家になったというか。今になって思えば、先に昆虫を撮っていたら昆虫写真家、鳥を撮っていたら鳥の写真家になっていたでしょうね。

 

偶然に出会い、自分の目で見つける。それが本当の体験。

—この写真集は発売1週間で増刷が決まったそうですが、本当に神秘的で引き込まれます。

吉野 テレビやコンピュータもいいんだけど、流れていく情報じゃなくて止まっている世界、一枚の写真を微に入り細に入り見て、一つの命の形と向き合ってもらえるよ うな本にしたかった。わざわざお金を出して本を買ってもらうということは、読者がじっくりゆっくり相対する時間を持てるものでなきゃいけないと思っているのでね。

ごく稀に浅い海にあらわれることがある深海性のヤツデイカ。ギリシア神話のメ ディーサを思わせる。脚が10本のイカ類だが、名の通り8本の珍しいイカである。 山口県 青海島

ごく稀に浅い海にあらわれることがある深海性のヤツデイカ。ギリシア神話のメ ディーサを思わせる。脚が10本のイカ類だが、名の通り8本の珍しいイカである。 山口県 青海島TOKYO技とテクノの融合展」のポスター

—いろんなことを自由に解釈したり、勝手に想像できるところが本の魅力だと思います。

吉野 この本は232ページで375枚の写真を使っているんですけど、卵の話や宇宙の話をちょっと入れることによって、読者の想像力がいっそうかき立てられるよう に工夫しています。例えば卵一個の中で、生物が進化してきた道筋を100%じゃないけどたどるわけですよね。そういうすごさのかけらをこの本の中に感じてもらえたらうれしい。

—感動が伝わってきます。

吉野 今は情報量がすごいので、ある被写体を決めて撮ろうと思ったら、現地の水中のガイドさんも詳しいので、かなりの確率で見られるんです。でも、偶然出会ったり 自分の目で見つけたりするのが本当の体験なんじゃないかな。ある生き物を見つけて、それが知らない生き物だったりすると、最初は緊張感がありますよね。どの距離まで近づいていいのか、相手と打打発止やり合う。それをやることによって、たぶん文が書けるだと思う。

 だから、現地の海を知っている人にガイドしてもらって、効率的にこれとこれを撮るということはあまりやりません。それが結局、写真にも出るんじゃないのかな。

—危険は感じないんですか?

吉野 海で溺れるとかのリスクは感じます。

 でも、例えばマッコウクジラのような巨大な生き物に出会っても、自分でも不思議ですけど、あまり恐怖は感じない。たぶん僕らは陸の生き物で、彼らは別世界の生き物だから現実感がないんだろうね。だって、マッコウクジラは50tと言われていて、長さが12~13m。13mというと大型トラックですよ。陸だったら近づかないでしょ、1000倍の生き物なんて。50tというのがどういう数字か考えたこと あります?

—ありません。

吉野 人間1人50㎏とすると、10人で500㎏でしょ。100人で5t。50tって1000人なんだよ。実際に水中で50tの生き物が自分の目の前に来た時の 感覚って、13mのトラックじゃない。人間の1000倍の生き物の質量なんだよね。

 クジラウォッチングとかでもクジラに出会うことはできるけど、でもこっち側じゃだめなの。彼らと同じ世界で相対した時に、本当に1000倍の生き物が地球にいるんだと実感できるんだよね。

—なんだかすごいですね。5㎜の生き物から50tの生き物までがこの1冊に集まっている。

吉野 分類上異なる動物を、なるべくたくさん載せたのは、みんなの見慣れたものから見慣れないものまで、本当にいろんな生き物が、なぜいるのかはわからないけど、 いるという事実をしってほしかったのと、生き物ってすげえって思ってもらいたかったからなんです。

 

自然がリスキーだからといって、人が海から遠ざかるのはもったいない。

—今までで一番印象的だった海はどこですか。

吉野 それぞれの場所に、そこにしかいない生き物がいて、そこにしかない色がある。昔はもしかしたら一番があったのかもしれないけど、ある時点からそういうのが なくなっちゃった。

ドラゴン

ドラゴンの名をもらった魚。30cmはあるが、海藻のおいしげる海では、この形が目 立たない。オーストラリア エスペランサ

 例えばウミトサカという花みたいな生き物がいるんですが、フィリピンのそれの色はビビッドなピンク。でも日本の伊豆の海だと桃色なんです。ビビッドなピンクはそ れはそれできれいだけど、桃色もすごく素敵じゃないですか。

—それぞれの違いが面白いということですね。

吉野 ただ、日本は世界でも一番恵まれているかもしれない。狭い国土に、北極海と同じ生き物のいる北海道のオホーツク海、亜熱帯の沖縄、温帯の伊豆がある。実は温 帯の海って世界でも少ないのね。日本とニュージーランドとオーストラリアの一部ぐらいしかないから。だから、この本も日本の生き物が多いんですよ、圧倒的に。

—そうなんですか!

吉野 僕みたいにダイビングという特別なことをしなくても、海さえあれば同じ感動ができます。ほんの50㎝水面の下に頭を沈めただけで、宇宙と地球ぐらい違うんだ から。

 だって息できないでしょ。30時間飛行機で飛んでも陸は陸だけど、50㎝頭を水に沈めれば、全く構造の違う生き物がいる別世界だからね。初めて見るような生き物がそこら中にいるし、地球上で一番でっかい野生の動物と出会うことができるのも海なのよ。

—水面下50㎝に別世界があるとは思いもしませんでした。

吉野 1500円くらいの水中マスクがあったら、僕たちが生きられない世界に簡単に行けるって素敵でしょ。特に日本は恵まれているからね。

 でも、一方で海に入りにくいのも日本なんです。全部工事されていて、全部誰かの許可がないと入れない。事故を起こすと迷惑をかけることになるけど、でも事故は陸でも起きるし街でも起きる。何かあるとすぐ責任問題になるけど、第一義的には自己責任だからね。

 自然というのはそもそもリスキーなんですよ。でもリスキーだからといって、人が海から遠くなってしまうのは本当にもったいない。自己責任で潜れる海は残しておいてほしいよね。危険を察知する能力も大事なんだからさ。

—責任を押し付けるほうもどうかと思います。

吉野 これは役所の責任者の問題じゃない。一番偉い人が、「ここまではやりますが、ここから先は自分でやってください」と、はっきり言わないといけないと思いま す。

 僕らは怖いから一歩一歩進んできたけど、今はシステム化されているから、本当は一歩も行けないのに、いきなり10歩ぐらい行こうとする。それはシステムがあるせいでもあるんだよね。  俺らは危ないことをやる時は、起こるであろう変化を計算して、余裕を持って準備をするし、ちょっと怖いと思ったらすぐ止めて戻ります。誰も助けてくれませんからね。自然を撮影している友達は、みんな普通の人よりかなり臆病だと思う。身に着いちゃってるんだよね、逃げ足の速さが(笑)。

 

海の写真家 吉野雄輔さんさん

撮影/木村 佳代子

<プロフィール>
よしの ゆうすけ
1954年、東京生まれ。大学卒業後、アジア、南太平洋、南北アメリカ、カリブ海、インド洋など世界の海を放浪。帰国後、スタジオ・ケンで2年 間アシスタントを務める。訪れた国は80カ国ほど。NHK海のシルクロードのスチール班として参加。《吉野雄輔フォトオフィス》を主宰。2009年、日本全国キャンピングカーの旅をスタート。1年の半分以上は海に潜る。写真集、図鑑、児童書、雑誌、広告の世界と幅広く活躍。社団法人日本写真家協会会員

 

 

 

 

タグ:世界で一番美しい海のいきもの図鑑 水中写真家 

 

 

 

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