HOME » トップインタビュー一覧 » トップインタビュー Vol.110 NPO法人 日本水中科学協会 代表理事 須賀次郎さん

1 The Face トップインタビュー2017年02月20日号

 
特定非営利活動法人 日本水中科学協会 代表理事 
須賀 次郎さんさん
生き物を大事にするということは人間を大事にするということ

特定非営利活動法人 日本水中科学協会 代表理事
須賀 次郎さん

 日本のダイビングを切り開き、82歳の今なお現役ダイバーとして毎日のように潜っている。現在は、安全で自立したダイバーの育成を目指す日本水中科学協会代表理事を務めるダイビング界のレジェンド、須賀次郎さんにお話をうかがった。

(インタビュー/津久井 美智江)

獲る漁業からの転換期に
海の生き物を育てることを学ぶ

—80歳を過ぎて、今でも現役で潜っていらっしゃるんですか?

須賀 この頃はあまり潜らないですね。トレーニングが多いんですよ。お金を払ってトレーニングをするのは大変だから、人を集めてお金をもらって自分がトレーニングする(笑)。

 浦安のプールと辰巳のプールと両方やっているので、それが月に5回か6回。海は最終日曜日にお台場で1日。あとは館山に定例で1回です。

赤潮が発生した海に潜る

赤潮が発生した海に潜る

—ということはほとんど毎日のように、水には入っている……。

須賀 基本的に最後までプロでいたいと思っているのでね。プロでいるというのはお金を払って潜るのではなくて、必ず何らかの形でお金をもらおうという考え方(笑)。

—いつ頃から泳ぐとか潜ることに興味を持たれたのですか?

須賀 泳ぐのは子どもの頃からですね。今時の子は川で泳ぐことはなかなかないと思いますが、僕が子どもの頃は疎開があったでしょ。山梨県だったんですが、川で遊んだりするよりしょうがないんだよね。今はみんなドブ川みたいになっちゃったけど、昔はみんな泳げる川だったんですよ。

イシガニ

イシガニ

 そんな時代があって、高等学校くらいから海とか水が好きになり、東京水産大学に入って、そこで潜水を始めました。その頃の東京水産大学(現東京海洋大学)は、日本のためにどうやって食糧を確保するかということで、ちょうど獲る漁業から作る漁業へ、海の中を畑にしていこうというコンセプトに変わりかけてくるところでした。僕は海を耕すほうの学科に入って、そのまま潜水をして、そのまま学者になるつもりでいたんですけど、家が破産して学者として研究を続けることができなくなって、どっかに就職しなきゃいけないということで潜水機の会社に入った。それからずっとダイビング屋です。

—今回、資料を拝見して知ったのですが、ニュースステーションの水中リポートもやられていたんですね。

須賀 水の中に潜るって、魚を獲るか撮影するかなんですよね。魚を獲るのは漁師さんの領分、水産大学ですから撮影です。水中撮影の映像はテレビの中で使うと、バックグラウンドの絵でしかない。番組として成立させるためには、リポーターが水の中でしゃべらないといけないんですよ。それでフルフェイスマスクを使って、上と線を繋いで録音録画をするということをやった。

 娘が大学に入ったばかりで、ちょうど女子大生というのが流行っていた時分だったので、女子大生が水の中でしゃべるということでニュースステーションのコーナーになったんです。

—亡くなられた立松和平さんのレポートも心に残っています。

須賀 立松さんから学ぶことはすごく多かったですね。テレビってこっちで言ったこととあっちで言ったことが違ったりするじゃないですか。でも立松さんは同じことを言う。ボキャブラリーがないからではもちろんなくて、意識的に同じことをしゃべっているのね。自然はいいという話しかしない、ネガティブな話をしないで日本の自然をうたい上げる。10回ぐらい繰り返せばたいがいの人に届くよね。

 

東京湾再生の本筋はハゼやカニがいて生きるサイクルが続いていくこと

—お台場の海をきれいにするという活動を続けていらっしゃいますね。

メバルの稚魚とシマイサキの稚魚

メバルの稚魚とシマイサキの稚魚

須賀 僕は東京で生まれて東京で育ったわけです。近くにある海というとお台場ぐらいしかないんですよね。僕は1980年代に調査でお台場の海に潜ったんですが、いい海というかいろんな生き物がたくさんいる海だったんですよ。

—東京湾というと汚い海というイメージがありました。

須賀 確かに1950〜60年代は工業廃水などで海が汚染されていましたが、水俣病などのことがあって企業はきれいにする努力をしたんですね。そういう意味ではきれいになった。後に貧酸素の問題は出てきますが、とにかく生き物が死ぬような物質が工業廃水で出るようなことはなくなっていました。

 でも潜ってみると、ビニールとかボール紙とかゴミがいっぱいあるわけ。それで1993年からお台場の海をきれいにしようと年に1回、お台場の大掃除を始めたんです。

—20年以上も続けていらっしゃるのですね。

須賀 僕の仕事は一つは撮影、もう一つは海の生き物を育てることをずっと勉強していますから、サイエンティスト、生態学者でもあります。ゴミ拾いをやっていてもおもしろくありませんから、ここの生き物を観察して、撮影していこうと思ったんです。最初は年に3回か4回だったんですが、だんだん病が高じて2003年からは隔月、2011年からは毎月潜るようになって、これからは毎週にしようかと思っているところです。

 実はこの1年いろいろ試行錯誤して、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていたんです。2013年から官民が一緒になって海の再生を考える東京湾大感謝祭というイベントが行われているんですが、そこで映像を流すに当たって10日ぐらいかけて今までの映像を全部見直したんですね。東京湾をどうするかといったら、やっぱり再生がテーマです。では何をもって再生とするのか。理想を言えば江戸時代の海だと思いますが、それはちょっと無理。一生懸命考えた結果、生き物だと思い至ったんです。

—いろんな生き物がいてこそ健康な環境ということですものね。

須賀 話は抽象的になりますが、僕らの求めているものは何なんでしょう。例えば大腸菌数がいくらとかの数字ではないはずです。自然とともに暮らすということは、もちろん植物も大事ですし、生き物がたくさんいることも大事。ハゼがいるとかカニがいるとか、それらがなるべく死なないで生きるサイクルが続いていくことを目指すのが本筋だろうと、ここにきてようやく悟ったという気がします。

 きれいを求めてもしょうがないんですよ、お台場は東京湾の奥なんですから。沖縄の海と比べたりするのはばかげた話であって、都会の中でもこんなふうに魚がいて、こんなふうに死んでいる。濁って何にも見えない日もあるし、貧酸素で次々にカニが逃げていったりする時もある。まずはそういう事実を、事実として知ってもらうことだと思います。

 

50mプール1個分の海をきれいにする
10を掛ければお台場の海になる

—お台場は、東京2020オリンピック・パラリンピックのトライアスロン会場になっています。東京湾の一番の問題は何ですか。

須賀 貧酸素で赤潮ができることです。東京湾は都市の廃水とかいろんなもので栄養分があるから、プランクトンがすごく増えるわけ。でもそのプランクトンを食べる生物はそんなにいない。

 なんで魚がいないかというと、みんな埋め立てられて干潟はなくなり、ヨシ原もなくなったから。プランクトンは、食べる生物がないと死んで沈んでいきます。そして有機物だから腐る。

 夏になると水温が高くなりますよね。そうすると水面と中層と低層と層ができて、その水が入れ替わらないので、下のほうの酸素がなくなる。酸素がないことと、そこで嫌気性細菌が増えることによって、上から落ちて沈んでいる有機物から硫化水素がつくられます。硫化水素は猛毒と言われています。だからお台場の海底は夏になるといちばん底は猛毒になることがある。

硫黄バクテリアの被膜

硫黄バクテリアの被膜

—えーっ! 猛毒が発生するのはどれくらいの深さなんですか。

須賀 2メートルぐらい。猛毒といってもそこにあるだけですから、上で泳いでいる分にはなんでもなくて、潜っていってマスク外して飲まなければ大丈夫(笑)。唇についたぐらいで死ぬような猛毒じゃないから。

—おもてなしと言いながら、猛毒が沈んでいるような海が競技会場というのは如何なものかと。

須賀 水をきれいにする方法って3つしかないんですよ。一つは環境全体を浄化する。もう一つはきれいな水を足す。それからエアレーション、つまり空気を入れて泡を出す。

 今、僕らが考えているのは50mプール1個分の海をきれいにすること。そこにポンツーンを持ってきて、その上に小屋を作るんです。電気が来ているわけですから、コンプレッサーとホースがあれば、エアレーションできます。50m×50mのところがきれいになったら、あとは掛け算をする方法を考えればいい。10掛ければお台場になるじゃないですか。×10にしたってカヌー場造るより金かからないですよね。

—あと3年しかありませんが、間に合うのでしょうか。

須賀 どこまできれいにするかという問題はありますが、少なくとも今より改善するには2年あれば十分。できるかできないかわからないけど、こういうプロジェクトがあるということは提唱したいと思っています。

—実際に今の状態はトライアスロンができる環境なんですか。

須賀 別に泳げばいいだけの話(笑)。トライアスロンで泳げる泳げないという話と、ここをきれいにしていくという話は僕の頭の中ではチャンネルが違うんだよね。汚くてもやるって言うならそれはそれでいいわけ。だけど世界の人たちを呼ぶんだったら、そこをできるだけきれいにするのが真っ当だと思う。

 しかし、オリンピックは一過性のできごとでしょう。長い目で見て、僕は多様な生き物が生きていればきれいだと思っているんです。

 生き物を大事にするということは人間を大事にするということ。カニが歩いているじゃないですか、ハゼが泳いでいるじゃないですか、だから僕らも泳いでいるんですよと言える海にしたいよね。

 

特定非営利活動法人 日本水中科学協会 代表理事 
須賀 次郎さんさん

撮影/木村 佳代子

<プロフィール>
すが じろう
昭和10年東京生まれ。東京水産大学増殖学科卒業。潜水機材の製造販売会社に勤務した後、水産資源のリサーチ会社を設立。以後、海洋調査、ダイビング器材やカメラハウジングの設計、水中撮影などをマルチに手がける。昭和38年、日本で初めてフーカー方式による100m潜水に挑戦し、平成8年には60歳を記念してのテクニカルダイビングで100m潜水を行った。東京湾環境水質浄化推進実行委員会、有限会社アアク・ファイブ・テレビ代表取締役、東京港水中生物研究会

 

  
 

 

 

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