わが街の特職課

  • 記事:津久井 美智江

辛みがやさしく旨みたっぷりの内藤とうがらし

新宿区「内藤とうがらしプロジェクト」

 「当時、新宿から大久保にかけて、収穫時期になると畑が真っ赤に染まった、といわれるほど盛んに作られていたんです」と話してくれたのは、内藤とうがらしプロジェクトのリーダーを務める成田重行さん。

 2008年、新宿の歴史を調査することからスタートし、かつて新宿で内藤とうがらしが栽培されていることを突き止めた。2010年に、その結果を新宿御苑の展示会で報告すると、

 「当時の区長らが大変興味をもってくれて、歴史の話で終わらせないで、現実のものにしようと、内藤とうがらし復活に向けプロジェクトが発足しました」

 復活に必要なのは種。内藤新宿の由来となった、現在の新宿御苑一帯に下屋敷を構えた内藤家のルーツなど、成田さんは1年かけてさまざまな場所に赴いたが、なかなか見つからなかったという。「最終的に、つくば市にある農業生物資源研究所(当時)にたどり着き、そこで貴重な種を分けてもらうことができました」と話す。その種を山梨の畑で3年育て、固定種をつくり上げた。

 そして2013年、江戸東京野菜に認定されると、プロジェクトが具体的に動き出した。現在は、子ども教育、食育、外国のレストランとのコラボレーションの3つをテーマにさまざまな活動をしている。

 なかでも子ども教育には力を入れていて、新宿区内の小学校から大学までのさまざまな学校で、内藤とうがらしの栽培や観察、研究、調理などを行い、年に1回開催する「新宿とうがらしサミット」で、各校の活動報告を行っている。

新宿とうがらしサミットの様子

 「内藤とうがらしという伝統野菜を学び、地域の歴史と文化を大切にしてほしいですね」と成田さん。

 内藤とうがらしは、三鷹、小平、練馬の10軒の農家に栽培を依頼。その全量を買い取り、粉にして一味や七味、柚子こしょう、ドレッシングなどの商品に使用している。区内には、内藤とうがらしを使った独自メニューを開発し提供している飲食店もある。

 「2018年には、特許庁の地域団体商標に登録され、名実ともに内藤とうがらしは新宿のブランドとなりました。交雑しやすい野菜なので、農家には毎年原種の種を渡して栽培してもらっています」

 コロナ禍の現在、イベントや苗の販促会などは軒並み中止になったが、ウェブサイトやインスタグラムなどを利用した情報発信は怠らない。

 「このプロジェクトの基本は、新宿を元気にすること。内藤とうがらしを通して、自分たちの住む地域に対する愛着が高まればうれしいです」

 現在、区内で約5000本が栽培されている。「目標は2万本です」と話す成田さん。内藤とうがらしの輪が広がれば、新宿のまちが再び赤く染まるかもしれない。

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