公衆トイレを考える

  • 記事:平田 邦彦

人にやさしい社会の実現を

 オリンピック・パラリンピックの開催を控えて、各施設ではLGBTに配慮したトイレが整備されているというが、一般に目を向けると、とても整備されているとは言えない状況にある。

 その原因は社会のジェンダー・フリーに対する認識の低さに起因するが、法律上も規制があって、事務所衛生基準規則と労働安全衛生基準規則に男女のトイレを別に設置することが求められており、それに準拠しなければならない。

 それらの基準が制定された時には社会の関心も薄く、差別の対象ともなっていたから、自らカミングアウトすることもなく、マイノリティの立場に甘んじざるを得なかった。

 しかし、今日ではその考えが改められて、パートナー・シップが法的にも認知され、同性同士の結婚登記が許されるなど、社会的に認知が進んできてはいる。それでも差別的な扱いを受ける風潮は簡単には変わらないから、先進諸国のように男女の別に加えてジェンダー・フリーのトイレが設置される事例を見ることはほとんどない。

 身障者向けの「だれでもトイレ」の設置は進んでいるが、大きなスペースを必要とすることもあってか、一つ作られるだけで、複数の設置はまれにしかない。 まだまだ差別的扱いを受ける我が国にあっては、ジェンダー・フリーを明確に分けると、かえってカミングアウトを促すことにつながり、敬遠される懸念もぬぐえない。

 それなら、いま一般に普及している車椅子用のトイレを少し小さくして、室内で着替えることができるぐらいの広さを確保したものを増やす工夫がないものだろうか。

 問題は設置数と設置場所の問題で、公衆トイレでは限られている「だれでもトイレ」をもっと増やすことを求めたい。

 社会全体の理解が進んで、ジェンダー・フリーが当たり前のことと受け止められるにはまだ時間もかかるだろうが、せめて肩身の狭い思いをせずに利用できる場所を増やすことによって、無用な差別に悩む人たちを開放することを考えるべきではないだろうか。

 法改正も必要だが、改正されても人々の偏見が改められるには時間もかかる。それならその対応策を講ずることによって、肩身が狭く不便な思いをしている人々が暮らしやすい社会に作り替えてゆくことを考えたい。

 映画館、劇場などでも幕間は短く、女性用は長蛇の列となっているのに、男性用は閑散としていたりもする。ジェンダー・フリーのトイレが増えれば、少しはその解消にも役立つのではないだろうか。

 少なくとも多くの人が利用する場所は、公共に限らず、ジェンダー・フリー・トイレが必須となると考えるべきだろう。

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