第80回 古くからソバを栽培する北イタリアの食文化

  • 記事:加藤 麗

トウモロコシや小麦の入手が容易になる20世紀初頭まで、アルプス山脈地域での貴重な栄養源だったソバ

中国、雲南省の山々に自生し、少なくとも紀元前2~1世紀頃から中国や韓国、日本で栽培されてきたソバ。中世後期に黒海を経由し、ヨーロッパ(ドイツ)に伝播しました。その後アドリア海の海洋国家、ヴェネツィア共和国セレニッシマから、イタリアにおけるソバの歴史が始まり、今日に至ります。東方からやってきた小麦に似たエキゾチックな穀物を、異教徒の小麦と呼んだのがはじまりで、中世においてイスラム教徒の総称でもあった「サラセン」の名が用いられ、イタリア語では「サラセン人の小麦」グラノ・サラチェーノと呼ばれます。

 非常に栽培期間の短いソバは、品種によっては60~100日で収穫が可能なため、主な穀物が収穫された後、間作としても用いられます。夏の気温の上昇や乾燥に弱く、開花期の最適温度は20℃。30℃を超えると花が乾燥し、収穫量が激減してしまうため、地中海性気候の暑い夏には、その栽培は向きません。しかし、スイスとの国境をもつロンバルディア州最北部、アルプス山脈地域ヴァルテッリーナや、トレンティーノ・アルトアディジェ州のいくつかの谷に面した小さな地域の、短く涼しい夏は、まさにソバの栽培にぴったり。初夏に種をまき、秋には収穫が終わります。

 4世紀以上にわたり、これらの地域で栽培されてきたソバは、豆やほかの穀物の代用として、スープや煮込み料理に用いられたり、細かく砕いてトウモロコシのポレンタ(コーンミール)と炊いて食べるほか、そば粉としてパンや、焼き菓子、パスタに用いられます。

 最もポピュラーなそば粉料理は、ヴァルテリーナ地域の伝統料理“ピッツォッケリ”。

 1㎝×5㎝ほどの、まるで紙の付箋のような形状をしたそば粉のパスタ。茹でたちりめんキャベツ、じゃがいも、アルプス山脈の伝統チーズと、にんにくやセージで香りづけしたバターを和えてオーブン焼きにします。日本そばとは、見た目も味わいも異なるこの料理は、アルプス山脈地域の厳しい冬の時期にぴったり。そば粉の香りとチーズのコクが広がりとても美味いです。

加藤 麗 かとう・うらら

加藤麗東京都生まれ。2001年渡伊。I.C.I.F.(外国人の料理人のためのイタリア料理研修機関)にてディプロマ取得。イタリア北部、南部のミシュラン1つ星リストランテ、イタリア中部のミシュラン2つ星リストランテにて修業。05年帰国。06年より『イル・クッキアイオ イタリア料理教室』を主宰。イタリア伝統料理を中心に、イタリアらしい現地の味を忠実に再現した料理を提案し、好評を博している。

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