本は、形や手法は変わっても その価値は変わらない。

  • インタビュー:津久井 美智江  撮影:宮田 知明

株式会社インプレスホールディングス 代表取締役社長 松本 大輔さん

趣味はドラム。就職先は一択でリットーミュージックの『リズム&ドラム・マガジン』編集部だった。苦労の末1996年に同社に新卒入社するも、事情によりインプレス販売に出向。同誌編集部に配属されたのは2000年のことだ。その後も宣伝、イベント制作など様々な事業を経験し、18年同社代表取締役社長に就任した。そして2020年には46歳の若さでインプレスホールディングスの代表取締役社長に就任。仕事がつまらないと思ったことは一度もないと言う株式会社インプレスホールディングス代表取締役社長、松本大輔さんにお話をうかがった。

各ジャンルで極めている人たちが集まったら面白い集合体になる。

—インプレスというとパソコン書の出版社という印象ですが、インプレスホールディングスとはどういう関係なのですか。

松本 インプレスは、創設者の塚本慶一郎がデジタル技術とかイノベーティブなことが大好きだったので、パソコン書から始まりました。

 塚本は、とにかく面白いことをやりたい人なんですね。弊社グループの企業理念「面白いことを創造し、知恵と感動を共有する」は、まさにその想いを言葉にしたものだと思います。

 のちにインプレスホールディングスを立ち上げたのは、出版も好き、デジタルも好きで、出版の中でインプレスはIT・PC系の出版物を極めるとすれば、各ジャンルで極めている人たちが集まったら、面白い集合体になるんじゃないかという考えがあったから。例えば音楽・楽器だったらリットーミュージック、デザイン分野だったらMdN、山岳・自然だったら山と溪谷社と、1社ずつ仲間が増えていったという感じです。

—M&Aとは違うのですか。

松本 結果的には子会社化しているのでM&Aに変わりはないんですが、通常とは異なりインプレスグループを大きくすることを主目的としたM&Aではなく、各ジャンルの№1が集まって、それぞれにちゃんと社長もいて、独立性も保持されていたほうが事業も自由にやりやすいだろうという発想なんですね。そこが1社の名の下に様々なジャンルを手がける大手総合出版社とは違うところです。

—ドラムをやっていたので、音楽関係の出版社に行きたかったのだそうですね。

松本 リットーミュージックの『リズム&ドラム・マガジン』に入りたかった(笑)。自分がドラムで食べていけるとは思わず、でもドラムそのものだったり、ドラムをプレイする人だったり、その世界が純粋に好きだったので、そこしかないと!  ただ、私が就職活動を始めたのがちょうど就職氷河期という言葉が出始めた頃で、会社に入るまではものすごく苦労しました。

—で、念願かなってドラム雑誌の編集部に?

松本 入れませんでした。会社には受かったのですが、自業自得のけがをして入社式に出られなかった。で、リットーミュージックへの入社が難しくなってしまったんです。健康な状態で入社するという条件だったのに、けがをして入社式に臨めなかったのは問題であると。

 ただ、インプレスグループとして大いに事業拡大していた時期だったので、グループ内のどこかで拾ってくれるところはないかと、たぶん人事部がいろいろ探してくれたのでしょう。めでたくインプレス販売という販売会社に入ることができました。

 1年たったら戻れるだろうくらいの気持ちでいたのですが、全然そんなことはなく、結局、約5年近くインプレスの本の販売をしていました。一般書店も大手家電量販店もパソコン関係の書籍を大量に扱っていた時代で、市場がものすごく伸びていた。若くて体力だけはありそうなやつを、1年で返すのはもったいないという判断だったんでしょうね。

書店内に特設コーナーを設け、日本百名山Tシャツのオーダーカードを展開 

書店内に特設コーナーを設け、日本百名山Tシャツのオーダーカードを展開 

松本氏がインプレスホールディングス代表取締役社長就任後、初の議長を務めた2021年の同社株主総会

松本氏がインプレスホールディングス代表取締役社長就任後、初の議長を務めた2021年の同社株主総会

仕事がつまらないと思ったことは一度もない。上司や人に恵まれ、幸せな人生。

—いずれは戻してもらえると思っていた?

松本 はい。でも、出版営業の仕事がめちゃくちゃ面白くて、ものすごくやりがいもありました。だから、リットーミュージックに戻りたいという気持ちはあったものの、これはこれで幸せだと思いながら日々営業を頑張りました。

 毎日、全国の書店や家電量販店に通い、地道に手書きでポップも作りましたし、週末は店頭販売キャンペーンなども行っていました。あまりにも売れるので調子に乗って注文を取り過ぎて上司にお叱りを受たこともあります。

 時代が良かったんですね。上司からも、先輩からも、これが当たり前の出版営業だと思わないでくれと言われたものです。

—楽しかったのに、どうして戻られたのですか。

松本大阪事務所開設や法人営業の立ち上げなどにも関わったのですが、紆余曲折を経て、ある日やっぱり、リットーミュージックに戻れないのであれば会社を辞めようと思ったんです。上司にその旨を伝えると、「だったら戻れば」と言われて「おや?」と(笑)。たまたま編集部に一人空きが出ていたんですね。5年目にようやくリットーミュージックに入ることができました。

—思ったとおり楽しいかったですか。

松本 はい。ジャーナリストとして世界中のドラマーやメーカー、いろんな方に会ってお話しをうかがい、記事にしていくというのは、営業とはまた違ってこの上ない楽しい作業でした。

 ところが、4、5年経った頃、会社が宣伝部をつくることになり、社長から「おまえがやれ」と。中小の出版社で宣伝部を独立してもつのは、当時としては珍しかったんじゃないかな。

 PR業務の経験はなかったのですが、いわゆるパブリシティを取るための宣伝広報部隊として、出版社やテレビ局をひたすら回りました。要は著者にプロモーション稼働させるので、著書のPRをしていただけませんかという売り込みです。

 リットーミュージックは、紙面や付録CDなどを使って人に楽器のノウハウを伝えることを生業としてきたわけですが、これを横展開して、いわゆるストリートダンスのノウハウ本やDVDソフトをけっこう出していたんですね。これはテレビ局からしてみたら持ってこい。僕が著者であるダンサーをブッキングして、他社の番組や誌面へコンテンツ協力しながら自社のDVDソフトのプロモーションも兼ねてもらうわけです。その際に便乗して楽器系の本もしっかり売り込むみたいなね。それはもう、毎日が刺激的でした。

 「おまえが面白いと思うならやればいい」と言ってくれる上司ばかりだったので、いつも自由にやらせてもらってここまできたというのが正直なところです。

—ここまでって、若くしてインプレスホールディングスの社長じゃないですか。

松本 そうですね。リットーミュージックの社長になったのが2018年で、インプレスホールディングス社長を拝命したのが2020年、46歳の時。東証一部(当時)上場企業では若かったと思います。内示を受けた時は、もう本当に驚いた、というのが正直なところで、と言いますのも、インプレスホールディングスの社長は、私の前の社長も、その前の社長もそもそも同社の人でしたから、子会社の社長から繰り上がるイメージはほぼなかったんですね。だから、リットーミュージックとインプレスホールディングスの社長を兼務するという内示には驚きすぎて狐につままれたような感覚でした。

 私としては「面白いことを創造し、知恵と感動を共有する」を身をもってやり続けただけなんですけどね。会社に入って仕事がつまらないと思ったことは一度もないので、そういう意味では幸せな人生を歩ませていただいていると思います。

リットーミュージックの社内ライブイベント「RIttorLive」でドラムを演奏

リットーミュージックの社内ライブイベント「RittorLive」でドラムを演奏

小さくても形として残ることが大事。だから、形のある紙はなくならない。

—出版業界が不況と言われていますが、御社はいかがですか。

松本 20年近く右肩下がりだと言われ続けている出版業界。弊社でも一部の雑誌、一部のカテゴリーだけを切り取ると下がった部分はありますが、それを補うような形でデジタルやサービスの分野が伸びているので、全体としては下がっていないと言えるのではないかと思います。

—紙で読むかデジタルで読むかの違いだと。

松本 これは紙だなとか、これはデジタルでいいなとか、むしろデジタルのほうが便利だということもありますよね。最近は書籍のダウンロードカードも出しているのですが、QRコードを読み込んでパソコンやスマホで読むこともできますし、POD(Print on Demand)で印刷することもできます。紙、カード、電子、POD、手法は変わっても中身の価値は変わらないので、これからはデジタルとアナログのハイブリッドなものが登場してくると思います。

 例えば、ミュージシャンのコンサート会場で、ツアーの写真集が届くカードを販売しています。ツアーパンフレットって、ツアーが始まる前につくるから肝心のツアー写真そのものが載っていないんですね。

 でも、これは自分が行ったツアーの、あの時の写真が入ったドキュメントブックという形で、ツアーが終わった後で自宅に届く。エントリーしたメールアドレス宛に、途中経過の電子書籍を届けるという付録をつけたりもできるんですよ。

—なんだかすごいことになっていますね。

松本 音楽つながりで言うと、コンサート会場に行くとたいていTシャツを売っていますよね。SサイズでピンクでAの柄みたいに、その場で注文を受けて、その場で刷って販売もするオンデマンドTシャツビジネスもやっています。

 これは7、8年前に名古屋のブラザー工業さんに見学に行った時、たまたまオンデマンドのプリンターを見つけてピンときて立ち上げたビジネスです。その場でTシャツを刷る行為はパフォーマンスにもなるので、人が集まってくると1時間待ち、2時間待ち。待てない人はTシャツ型のオーダーカードを買ってもらい、帰りの電車の中からオーダーすれば後日自宅に届けるという対応ができます。

 この前は書店の書泉さんと一緒に山と溪谷社の百名山Tシャツ(カード)の店頭販売をやったんですね。店内に特設コーナーを設け、それに付随する出版物もたくさん展示した結果、本もTシャツも売れました。三方良しの事例ができたので、このオンデマンドTシャツをうまく活用して、書店にも取次にももっと儲かってもらいたいと思っています。

—本はいずれカードになっていく可能性がありますかね。

松本 QRコードをスキャンして購入すれば、データとしてスマホの中に残りますが、買った感覚はあんまりない。でもカードは小さくても形として残ります。それはけっこう大事なことだと思うんですよね。

 だから、私は形のある紙はなくならないと思っています。それに紙のユーザビリティ、パッと開いた時に全部見えるという感覚は何にも代え難い。ただ、希少性は増してくると思うので、いわゆる高付加価値のものであったり、高価格帯にせざるを得ないという事情は出てくるとは思います。

 ただ、単に情報を見る、知る、明日はもういらないという情報を吸い上げるだけだったら、たぶんそれは紙である必要がないので、いわゆる情報誌という意味の雑誌と呼ばれるものは、どんどんデジタルに置き換わっていくのではないでしょうか。

—出版業界はいろいろな可能性があるということですね。

松本 そうですね。私は出版という業態も好きですし、コンテンツも好きですし、紙も好きなので、出版はいろんな形になれるよということを声を大にして言いたいですね。

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