ホテルの財産は人です。
お客様の反応を直に感じられるホテルに関心を持っていた。ホテルニューオータニ入社後は企画販促や広報の経験を積み、各種コンテンツとのコラボによるエンターテイメントの創出、商品開発等の企業間協創にも注力。ホテルを単なる宿泊先ではなく、新しい体験価値を生む観光のゲートウェイとするべく事業を牽引しているホテルニューオータニ(東京)総支配人、髙山剛和さんにお話をうかがった。
ホテルは、顧客の反応を直に感じられる、ダイナミズムがあるビジネス。
—今年の9月1日、ホテルニューオータニ(東京)は開業60周年を迎えました。7月に総支配人に就任された感想は?
髙山 ホテルニューオータニ(東京)は1964年、東京オリンピック開催にあたり、国家の要請を受け、創業者である大谷米太郎が私財を投じて皇居外堀内に開業し、以来、多くの国際会議や歴史的な晩餐会、各界著名人の披露宴の舞台として、国内外の賓客をお迎えしてきました。
また、訪日するすべての方に富士山をご覧いただきたいと、日本初の超高層ビルに世界最大級の回転展望ラウンジを設けるなど、常に新しいことにチャレンジしてきました。総支配人に就任して、改めてその価値観を実感しています。
—総支配人といえば、宿泊部門からレストラン、ショップまで、ホテルのすべてを取り仕切る「顔」ともいえる存在です。総支配人に就任して心がけていることは?
髙山 できるだけ館内を歩くようにしています。お客様はもちろんですが、従業員との触れ合いも大切だと思いますので。
—入社以来、企画販促や広報、「ピエール・エルメ・パリ」の世界第1号店や「ナイトプール」の立ち上げなど、様々なプロジェクトに携わっていらっしゃいます。ホテルマンとして最も魅力を感じるのはどんなところでしょう。
髙山 ホテルは、あらゆる場面でお客様の反応を直に感じられる、すごくダイナミズムがあるマーケティングのフィールドだと思っていて、そういうことにすごく興味、関心を持っていました。
レストランのメニューを考えるところから、ホテル全体を巻き込んだ大型の催事まで、いろいろな企画に携わりましたが、1998年に「ピエール・エルメ・パリ」のオープンに携わったことは、私のホテル人生の中の礎にはなっていますね。
当時はパティシエという言葉自体が知られていなくて、いろんなメディアにプロモーションに行くのですが、まず「パティシエとは」というところから話を始めなければなりませんでした。そして、掲載される時には必ず「パティシエ(お菓子職人)」と括弧書きの但し書き(笑)。ニューオープンすればそれなりのニュースバリューはあります。でも、それが売れるか売れないかは、やはりそこから先のマーケティングとPRによるところが大きい。お菓子の世界観をどうやって日本の皆さんにお知らせしていこうか、その価値をどうやって高めていこうかと、ピエール・エルメさんと一緒に試行錯誤してきました。
例えば、フランスと言えばやはりファッションのトレンドの発信地ですから、お菓子をファッションになぞらえて、春夏・秋冬新作コレクションとして発表して、その発表会に多くの方々をお招きしたり、繰り返し繰り返し「パティスリーこそ今一番皆さんの関心が高いものなんですよ」とPRすることで、徐々に認知していただいてきたんですね。
ホテルニューオータニはオールインクルーシブのクルーズ船。
—回転展望ラウンジをはじめ、オープンの時から “日本初”“業界初”にチャレンジしています。その攻めの精神はどこから生まれてくるのでしょうか。
髙山 ホテルの名前に冠している「ニュー」というアイデンティティが、開業以来脈々と受け継がれているのだと思います。オーナー(創業家)自身がチャレンジすることに対してとても前向きで、まずは「やってみよう」と言ってくれます。
—コロナ禍にあっても、アニメキャラクターとのコラボレーションなど斬新な事業をスタートさせています。
髙山 コロナ禍の時は、年が明けて、本来は来るはずの中国からのインバウンドが待てど暮らせど来ず……でも、部屋は売るほどありますからね。それまではホテルは泊まることを目的に利用してもらっていましたが、自分のライフスタイルを楽しむために使ってもらうのもありなのではと、アニメキャラクターとのコラボルームを考えたんです。
ちょうど前年に「鬼滅の刃」が非常にヒットしていたので、いっそのこと「鬼滅ホテル」にしようかと思ったくらい(笑)でしたが、結果的には3フロアを「鬼滅フロア」にして、コラボルームをスタートしました。全ての部屋をいろんなキャラクターの部屋にして、それぞれの世界観に設えたところ、お客様から高評価をいただいて、全国からたくさんの方にきていただきました。
—新しい顧客の掘り起こしにつながりそうですね。
髙山 今もいくつかのアニメやアパレルとコラボレーションをしながら,それぞれの世界観の部屋を販売していますが、これまでホテルに足を運ばなかったファンの方々が、“推し活”として実際にお泊まりになって、すごい熱量でホテルを楽しんでいかれるんですよ。それは我々の励みになりますし、いろんなライフスタイルがあっていいと考えていますので、日本文化の価値を、IP(知的財産)としてさらに昇華させていくという意味で、ショールーム的に展開していければと考えています。
—それができるのがニューオータニの懐の深さなのではないかと思います。
髙山 大変ですけど、それを継続していくことが大切なんですね。
そういう意味で一番長く続いているのは、開業時から続く年越しのお正月プランです。当時はお正月というと家庭にお客様をお迎えすることであって、年末年始をホテルで過ごす習慣はなかったんですね。そこで、釜休みとして奥様方に喜ばれるような企画をしたらどうだろうと、先人たちが始めたのですが、社会の課題と結びつけて新たな事業を起こすのは、ニューオータニのDNAになっている気がします。
今も高い支持をいただいて、2世代、3世代でご利用いただいていますし、最近は外国人の方々が日本の正月を体験してみたいと、非常に関心を持ってくださっています。
オールインクルーシブのクルーズ船と思っていただくとわかりやすいと思いますが、館内には37のレストラン、ショッピングアーケードなどがあり、宴会場では100以上の催し物を主催していますから、一度チェックインをしたらチェックアウトするまでの3泊4日、4泊5日を、ホテルから一歩も出なくても楽しんでいただけるんです。
「フォーブス・トラベルガイド」で日本初“9つ星”ホテルに。
—外資系高級ホテルの進出が相次いでいます。また、複合ビルの中に入居するラグジュアリーホテルも定着してきました。ニューオータニはそのようなホテルとどのように差別化をはかり、戦っていくのでしょうか。
髙山 やはりこのスケールをユニークネスとして生かすことが一番の強みだと思います。
今、外資系ブランドを中心にラグジュアリーといわれるカテゴリーのホテルが進出し、日本の観光政策も富裕層マーケティングに注目していますが、我々は“家族の団欒から国際会議まで”という開業時のキャッチコピーの通り、当時ホテルに足を運んだことのない方々に、ホテルの回転展望ラウンジをご利用いただくことで新しい市場を開拓してきたフィロソフィがありますので、そこは大切にしていきたいと思っています。
ただ、漫然とフルラインマーケティングでやっていても、人々の嗜好も細かく分かれていますから、ある程度はターゲティングが必要です。ニューオータニは日本のインディペンデントなホテルですから、世界の中での認知度は低かった。そこで、最上級のお客様に対して、おもてなしの文化を発信する新しいラグジュアリーホテルとしてホテル・イン・ホテル「エグゼクティブハウス 禅」を2007年に開業しました。
おかげさまで、一流のホスピタリティを格付けする世界有数のトラベルガイド「フォーブス・トラベルガイド」2024年度格付け評価ホテル部門において、「エグゼクティブハウス 禅」が5年連続で最高評価の5つ星を、「ザ・メイン」が4年連続で4つ星を受賞することができました。フォーブスの客観的な評価によって、グローバルスタンダードとして認知いただけるようになったのではないかと思います。
—ホテルマンというと“人に奉仕する仕事”という印象があります。ご苦労も多いのでは?
髙山 ホテルって人の営みに密接している生業だと思うんですね。食べること、寝ること、そういった自分が日々生活していること、ほかのホテルやレストランで感じること全てが学びになります。そして、それを自分のフィールドで生かせるわけですから、ある意味幸せですよね。
また、人生の折々でホテル利用のきっかけがあると思いますが、そういうライフイベントに寄り添ったコンシェルジュのようなパートナーシップを築ける点も、面白いのではないかと思います。その一つが2年前に立ち上げた「マリッジ コンシェルジュ」という結婚相談所事業ですが、おかげさまでたくさんの方にご入会をいただいてご成婚に至ったカップルも多数誕生しています。結果として私どもで結婚式を挙げ、お子さんが生まれたら写真を撮りにくる、アニバーサリーに利用する……まさにシームレスにつながっていくことで、ライフタイムバリューを上げていくことができます。
最近ではフューネラルビジネスにも関心を持っています。いわゆるホテルでのお別れ会を行ったのは当社が初めてだといわれていますが、コロナ禍もあって家族葬がどんどん増えていく中で、もう少し明るく個人を偲びたいというニーズは今後高まっていくことが予想されますので、新しいサービスを提供できる可能性があるのではないかと思います。
—ニューオータニの総支配人として大切にしていることは?
髙山 ホテルはやはり、最終的には人だと思います。ハードかソフトかというより人が財産なので、スタッフ一人ひとりが日々お客様と接したり、営業したり、いろんなものを作ったりする中で喜びを感じ、結果として顧客満足度も上がる。その過程で蓄積されたノウハウを、いかに進化させていけるかが大切であり、楽しみでもあると思っています。
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