乳幼児から高齢者までの生涯スポーツを提案する
“運動のためにお金を払う”という考えが一般的ではなかった1970年、日本初となる会員制総合スポーツクラブが中野の地に誕生した。スポーツを核としたコミュニティづくりのノウハウは、日本だけでなく世界からも求められている。今年、創立50年を迎えた東京アスレティッククラブ代表取締役社長の正村宏人さんに、生涯スポーツの大切さについてうかがった。
地域のコミュニティとなるスポーツクラブを作る!
—東京アスレティッククラブ(TAC)が、日本初の会員制総合スポーツクラブとしてオープンしたのは1970年だそうですね。この50年を振り返っていかがですか。
正村 父が脱サラをしてこの事業を始めたんです。会社を辞めて世界一周旅行をしている時に、マンハッタンにある「ニューヨーク・アスレティッククラブ」に出会ったんですが、そこは今年で創業152年になります。日本で“スポーツクラブ50年”というと長いように感じるかもしれませんが、それと比べれば、まだまだ50年という感じです。
ニューヨーク・アスレティッククラブは、スポーツだけでなく、社交場として地域の皆さん、経済界の皆さんが集まって、スポーツを核としたコミュニティの場となっている。父はそれを見て、地域のコミュニティになるスポーツクラブを作ろうとしたんですね。日本にもいずれこういう時代が来るだろうと。
—地域貢献に力を入れていらっしゃるのは、そもそも地域コミュニティを作ることからスタートされているからなのですね。
正村 はい。「スポーツは、一部のお金持ちの道楽であってはならない」というのが父の昔からの信条で、私も乳幼児から高齢者に至るまでの生涯スポーツを育成していくのが当社のミッションであると思っています。小さい頃から運動に触れ、それを習慣化して大人になり、高齢者になる。そうすれば心身ともに豊かで、楽しい人生が送れるのではないでしょうか。
—新型コロナウイルス感染症の影響で、体操の動画配信がすごくはやりました。スポーツのやり方やスポーツクラブのあり方も、変化していくのではないでしょうか。
正村 スポーツクラブというのは、お話したようにコミュニティがあってのスポーツクラブなんですよ。ただ、そういうニーズが若い人たちを中心に薄れつつある。
当社も動画配信の事業を始めていますが、家でテレビやパソコンの画面を見ながらレッスンを受けるといっても、一人でやるわけですね。そこに問題があって、一人ではなかなか長続きしない。そういう環境の中でどうやってコミュニティを作ることができるかが、一つの大きなテーマになると思います。
やはり、インストラクターから励ましの声を受けて、周りのお友だちと楽しく過ごす時間があるからこそ、継続できるということもあると思いますから。
—TACでは毎年中野サンプラザの大ホールを借り切って、発表会をされているそうですね。
正村 年に3回、子どものバレエの発表会、子どもの体操の発表会、大人のダンスの発表会をやっています。発表する場面があるということも大切だと思うんですね。目標に向かって練習することで技術も向上し、自身の満足感にもつながりますし、スポーツを続ける励みになると思います。
時代を先取りするユニークな幼稚園やデイサービス
—TACでは創業間もなく保育事業を開始していますね。
正村 「丈夫な身体と豊かな心を養うには幼児期から」という信条で、1973年にオープンしたのが「TACチャイルドクラブ」です。日本で初めてのスポーツと情操教育を中心とした幼稚園類似施設ということで注目を集め、募集を開始してわずか3日で定員を上回ってしまい、“スピード締め切り”になりました。
ここでは、TACの運動施設を活用して、保育カリキュラムの中に水泳・体操・剣道・クラシックバレエを取り入れることで、運動能力と体力を養うとともに、目標に向かって自分で壁を乗り越えていく自信と達成感を育むことを目指しています。また、親元を離れて友達と過ごす園内・園外合宿を実施して、自立心や協調性も養っています。そして、2015年には、中野区の子ども・子育て支援新制度に規定された保育事業として、認可小規模保育園「TAC未来こども保育園」も開始しました。
チャイルドクラブは、通っていた子どもたちが親となり、現在はご自分のお子さんが通っていらっしゃる方もいます。また、TAC中野本店では親子三代で通ってくださる会員も多く、「TACが生活の一部だ」とか「TACに来るのが生き甲斐だ」と言っていただけると、この仕事に携わることができて本当に良かったと感じます。
—高齢者を対象とした事業にもいち早く取り組まれていますね。
正村 今から10年くらい前のことですが、ご高齢の会員さんが、「もうTACに行けなくなった」と辞めていくんですね。せっかく今まで運動してこられ、運動習慣がついているにもかかわらず、ご自身の体調で来られなくなってしまう。これは次の受け皿を作らなければいけないと始めたのが運動・リハビリ特化型デイサービス「フィットネスデイLispo(リスポ)」です。現在5か所で運営しています。
—いわゆるデイサービスとは違うのですか。
正村 こちらが車で自宅にお迎えに行って施設までお連れし、また車でご自宅までお送りするというサービスは同じですが、運動とリハビリに特化している点が、ほかと大きく異なります。
リスポでは、健康運動指導士、理学療法士、看護師、生活相談員という運動・医療・福祉の各種専門家が常駐していて、その方の健康状態や後遺症の程度、運動機能、日常生活動作などを丁寧に確認して、安全で効果的な運動・リハビリプログラムを提供しているんです。わずか2、3時間のプログラムなんですが、身体を元気にするためのリハビリを受けて、利用者どうしの会話を楽しんで、リフレッシュして帰っていただく。リスポに来ている高齢者の皆さんは、みんな顔が生き生きしていますね。
家に閉じこもりがちになるのではなく、外に出ることによって社会性を持ち、一生涯、活動的に生活していただくことが、精神の健康にもつながると考えていますので、ここでもコミュニケーションを大切にしています。
民間で培ったノウハウを日本全国、そして海外で展開
—まさにミッションである乳幼児から高齢者までの生涯スポーツの育成を実践されているわけですが、直営店舗だけでなく公共事業も全国に展開されていますね。
正村 公共事業は現在66店舗運営しています。民間スポーツクラブで培ったいろんなプログラムを、各自治体が所有しているスポーツ施設で展開させていただき、スポーツ人口の裾野を広げていくという活動を続けてきた成果がようやく出てきたのではないかと思っています。
当社が提供したプログラムがきっかけとなり、それまでまったくスポーツ施設に来なかったような人たちがスポーツを始める。そして、その方たちがリピートして施設を使うと、利用料収入が上がる。利用料収入が上がれば、行政の負担する費用は減る。行政も喜ぶ、地域住民も喜ぶ、当社も仕事としてやり甲斐がある。そういうトリプルウィンの関係を創出するノウハウがあることが高く評価されて、全国の自治体で仕事をさせていただけるんだと思いますね。
—創立50周年の今年、海外展開を予定されていたそうですね。
正村 6月にマレーシアでオープンする予定だったんですが、新型コロナウイルスの影響で街がロックダウンしてしまい、工事が年明けからストップ。担当者が出入国できないばかりか、現地スタッフですら外出ができないという状況が数か月続いていました。最近ようやく施設はほぼ完成したので、マレーシアでのコロナの状況が好転すれば、いよいよオープンというところまできました。
—なぜマレーシアなのですか。
正村 マレーシアは、経済は右肩上がりに成長しているんですが、それに伴って食生活も豊かになり、国民性もあって糖質、脂質の高いものをいっぱい食べてしまう。その結果、生活習慣病の罹患率が非常に高くなっているのが実情なんですね。
マレーシアだけでなく東南アジア諸国では、食事療法や運動療法などの教育があまり徹底されていないので、当社が培ってきたいろんなノウハウを、今後、少しずつではありますが、海外で提供していけたらいいなと思っています。
—ウィズ・コロナの時代、どのようなスポーツクラブを目指しますか。
正村 コロナの実態が少しずつ解明されてきて、適切な処置をし、環境を整備して受け入れれば、コロナは感染しないということが明確にわかってきました。まずはガイドラインを順守した運営を心がけていくということに尽きると思います。
また、先ほど来申し上げたように、WEB配信は継続してやっていこうと思っています。ただ、コロナ対策としてはいいのかもしれませんが、励ましあったり目標に向かって一緒に努力する仲間がいないと長続きしません。WEB配信を利用する人たちに対して、どうすればそういったコミュニティを作ることができるのか。そこを一生懸命考えていきたいと思います。
そもそも“スポーツ”の語源は、苦しい競技スポーツではなく、気晴らしをするとか、楽しむとか、遊ぶという意味だったらしいです。
戦後の日本では競技スポーツや団体スポーツが中心になってしまい、個人で楽しむ、個人で気晴らしをする、個人で遊ぶためのスポーツがなかなか普及してこなかったんですね。スポーツは黙々とやるものじゃない(笑)。楽しくないと!
それを日本で初めて商業ベースで具現化したのがTACです。その根底にあるのは、スポーツだけでなく、地域のコミュニティとなるクラブであるということです。地元の中野ではランニングフェスタというイベントを開催したり、学校や介護施設等に指導員を派遣したりという活動を積極的に行っていますが、地域の方々に支えられて今があると思っています。これからもしっかりと、地域に貢献していきたいと考えています。
(インタビュー/津久井 美智江)