国に信頼があることが、幸福度世界一の基盤

  • インタビュー:津久井 美智江  撮影:宮田 知明

幸福度世界一の基盤 ペッカ・オルパナさん

国土の約7割が森林におおわれ、湖は18万以上あるという“森と湖の国”フィンランド。オーロラやサウナ、ムーミンで知られるが、近年は自然が息づくデザインプロダクトでも注目されている。直行便で約9時間と、実は“日本から最も近い欧州”でもある。フィンランド大使ペッカ・オルパナさんにお話をうかがった。

サウナは誰もが平等な場所であるというところがすばらしい

—“今、北欧デザインが人気です。その人気を牽引するのがフィンランドで長く使い続けられているプロダクトではないでしょうか。フィンランドデザインを生み出したライフスタイルに焦点を当てた「ザ・フィンランドデザイン展」が、12月7日から渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで始まりますが、見どころはどんなところでしょうか。

オルパナ フィンランドのデザインは自然を感じられ、自然に影響を受けていると思います。機能的で、長く使えて、それがサステナブルでもある。アルヴァ・アアルトによる1930年代のデザインに、すでに見受けられるものです。

 日本のデザインもとてもクオリティが高く、耐久性があって機能的で、またシンプルですよね。フィンランドのデザインと共通しているのではないでしょうか。私自身、非常に驚いているのですが、日本とフィンランドは文化的な背景は違いますが、自然を大切にする生活、自然との接し方が似ていて、それが両国のデザインにも反映されているのかなと思います。

 印象深いフィンランドのデザインがたくさん紹介されるということですので、ぜひ多くの方に見ていただきたいですね。

—昨年12月17日にフィンランド式サウナのユネスコ無形文化遺産への登録が決定しましたね。日本でもテレビドラマ「サ道」の影響もありサウナが人気で、“ととのう”という言葉が「現代用語の基礎知識選 2021 ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされました。本場フィンランドのサウナ事情を教えてください。

オルパナ サウナというのはフィンランドの伝統的な文化の一部であり、慣習であると言えます。フィンランドの人口は約550万人ですが、300万以上のサウナがあり、今でも9割のフィンランド人が毎週サウナに入ると言われているんですよ。

 木を燃やすとか電気を使うとか、サウナは部屋の温め方によって違いはありますが、熱した石に水をかけて蒸気を発生させ、その蒸気でさらに温まるというところが、フィンランドサウナの特徴です。そもそもサウナという言葉自体、フィンランド語なんですよ。

—「サ道」では、木の枝を束ねたもので体をたたいていましたが、それもフィンランドサウナの作法なのですか。

オルパナ ヴィヒタあるいはヴァスタと言うんですが、とてもフィンランド的なものですね。夏が始まる頃の白樺の若葉を束ねて、それでたたくというか、マッサージをする感じ。暖かいサウナでヴィヒタを使ってマッサージをすることによって血流がよくなりますし、白樺の良い香りに癒されるんですよ。

 私にとってサウナは家族の行事であり、家族の絆を深めてくれる場所なんですね。また、友人たちと過ごす場所でもあり、サウナ外交と言っていますが、仕事上の関係を深めるためにも使ってきました。いずれにしてもフィンランドのサウナがすばらしいのは、平等な場所であるということ。当然、みんな裸ですから、肩書きもない、素の自分でしかない平等な場所なんですね。

夫人の故郷ラップランドを散策する大使夫妻(C)Embassy  of  Finland

夫人の故郷ラップランドを散策する大使夫妻(C)Embassy of Finland

フィンランドのサウナでは白樺の若葉を束ねたヴィヒタを使うことも
(C)Harri  Tarvainen  for  Visit  Finland

フィンランドのサウナでは白樺の若葉を束ねたヴィヒタを使うことも (C)Harri Tarvainen for Visit Finland

男性も女性も、老いも若きも、誰もが声を発することができる国

—フィンランドは国連の「世界幸福度調査」による世界幸福度ランキングで2018年から4年連続で世界一位です。世界一幸せな国の基礎となっているのはどんなところだと思いますか。

オルパナ 興味深い質問ですね。福祉国家ということに関係してくると思いますが、北欧諸国はどこもそういう概念を持っています。その概念がいつから始まったかというと難しいのですが、フィンランドに関しては、ロシアからの独立前ですが、自治権は認められていましたので、議会が開設されることになりました。そこで、1906年に選挙権や被選挙権など完全な参政権が女性に与えられました。世界初のことです。

 その背景には、きちんと機能する民主主義があります。人口の半分は女性ですので、社会には女性の視点や声も必要になります。今の国会を見ても約半分を女性議員が占めていますし、閣僚に関しては女性のほうが多いです。

—首相も女性ですものね。

オルパナ そうです。今は、たまたま40歳以下の女性が首相になっています。これは資質や能力が大事なのであって、ジェンダーや年齢は関係ないことを示していると思います。

 なぜそのようなことが可能かというと、ひとつに、国に信頼があるからだと思います。信頼というのはとても大事な要素で、信頼を得るにはとても長いプロセスが必要ですが、フィンランドの社会には信頼がしっかり根づいている。

 それはやはり福祉国家として、機能するサービスが提供されていて、それを受けられる安心感があるからだと思います。そういったことが国をより強くし、幸福度ランキングでトップに立つ基盤になっているのではないでしょうか。

—まさにそうだと思います。自然の中を自由に散策する権利というのがあるそうですね。そういう権利があることに驚きました。

オルパナ 自然享受権ですね。文化の一部としてフィンランドの人々は自然と密接な関わりを持っていて、ほとんどの人が森や湖や海に行って、自然が与えてくれるいろんなものを楽しんできました。

 私も森の中に入ってベリーやきのこを採るのが大好きですし、フィンランド人にしてみればそれは当たり前の権利であって、自由に自然を楽しめないなんて考えられません。

—日本ですと「うちの山で何を採っているんだ」となりそうですが、フィンランドでは大丈夫なのですか。

オルパナ フィンランドの森は約60%の森林が民間人、残りの約40%が国や企業が所有していますが、誰かの所有物だからといって自然享受権が否定されることはなく、誰でも自由に森の中に入って散策でき、森の恵みを採ることができるんですよ。もちろん民家の近くをさまよったり、迷惑になるようなことはしてはいけませんが。

日本フィンランド外交関係樹立100周年記念のレセプションでゲストを迎える
(C)Embassy  of  Finland

日本フィンランド外交関係樹立100周年記念のレセプションでゲストを迎える (C)Embassy of Finland

フィンランドにとって日本企業は信頼できるパートナー

—日本とフィンランドはビジネスの面でも深いつながりがあります。これからの両国のあり方について、どのような方向に向かっていくべきとお考えですか。

オルパナ 日本は、フィンランドにとってヨーロッパ以外では3番目に大きな貿易国なんですが、それを支えてきたのが森林産業でした。しかし、今ではテクノロジーやイノベーションに関するものも提供しています。フィンランドは5Gとか6Gの開発で世界のトップを走っていますし、デジタル化やサステナブルな国への移行という意味でもトップを走っていますからね。

 今までも日本との協力関係は常にありましたが、未来に向けた課題の分野でも日本の企業がいろいろと活躍されています。フィンランドにとって日本の企業はとても信頼できるパートナーなので、協力関係を促進したい。それは企業間でもそうですし、開発投資の機関でもです。

—外交官としていろんな国に行かれたと思いますが、どの国がいちばん印象的でしたか。

オルパナ 40年の外交官生活のうち25年を8カ国で働いてきましたが、一つの国を選ぶことはできませんし、比較するのも難しい。どこの国もそれぞれよい点もあれば、そうではない面もありますから。

 ただ、最初に赴任したフランスのマルセイユは私も妻もまだ若く、とても楽しかった。南アフリカでは、当時の大統領ネルソン・マンデラ氏にお会いしました。前向きな変化が起きているということを肌で感じ、強く記憶に残ったポジティブな体験でした。

—日本はいかがですか。

オルパナ 日本という国は、ほかとは全く違うと思います。暮らしやすく、安全ですし、文化的にもとてもおもしろい。仕事面では本当に忙しいのですが、それはとてもやりがいがあるということですから幸運だと思います。

 2018年の夏に来たのですが、翌年の2019年は実はフィンランドと日本が外交関係を結んで100周年という特別な年だったんですね。文化イベントだけでも350ぐらいありましたし、自分が関わっていたものも80ぐらいありました。

 ただ、2020年からはコロナ禍によって、あまり動けていないのが残念ですが……。もう少し状況が落ち着いたら、いろんな日本を見て回りたいですね。

—例えばどんな?

オルパナ 陶芸が好きなので、ぜひ体験したいです。それから金継ぎも。愛用していたものが壊れてしまっても、それを金継ぎで修復してさらにきれいになるというのが素晴らしい。金継ぎだけはぜひ体験して帰りたいと思っています。

—コロナが収束したら、また気軽に海外に行けるようになると思います。フィンランドの魅力をご紹介ください。

オルパナ フィンランドには素晴らしい場所がたくさんあります。群島、湖水地方、ラップランド……。もちろんヘルシンキもすばらしいです。

 私の家はヘルシンキ市内のデザイン・ディストリクトという場所にあるのですが、デザインミュージアムがありますし、いろいろなデザインショップもあってとても素敵なところです。

 現時点でも、ワクチンの回数や接種経過期間など要件を満たしていれば、フィンランドに行けるんですよ。皆さんにも、機会があればぜひ来ていただきたいですね。

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