海上自衛隊 潜水医学実験隊 先任伍長 海曹長 
早川政徳(はやかわ まさのり)

  • 取材:種藤 潤

 文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。
 「飽和潜水」という救助方法をご存知だろうか。今年4月に起こった北海道・知床遊覧船の救助活動で採用されたので、聞いたことがある方もいるだろう。実は海上自衛隊にはそのスキルを持つ部隊が存在する。今号では、そうした部隊全体の中核的組織の現場リーダーを務める「飽和潜水」のスペシャリストに話を聞くことができた。

海上自衛隊 潜水医学実験隊 先任伍長 海曹長 早川政徳

約1ヶ月の訓練を通じて最大水深450mまで潜る

  2022年4月に北海道知床半島沖で沈没した遊覧船「KAZUⅠ(カズワン)」の救助活動において、「飽和潜水」という方法が採用された。その理由は、一般的なスキューバダイビング等の潜水では困難とされる深さで長時間活動ができるからである。今回の事案では、水深約120mの海域で捜索活動が行われたが、民間の技術環境では最大300m、海上自衛隊の技術では最大450mまでの潜水が可能だという。

 こうした潜水を可能にするためには、一般的な潜水とは異なる手順と設備が必要となる。①潜水員がヘリウムガス等で満たされた加圧タンクに入り、高い水圧に耐えられるよう身体を慣らしていく②潜水用のカプセルで深海に向かい、海中に出て作業を行う。その際、海水は超低温のため常に温水で温められた特殊スーツを着用する③作業が終わったら加圧タンクに戻り、少しずつ圧力を減らし、通常の圧力で過ごせるよう身体を慣らしていく、というのが一般的な流れだ。

 ①の行程には最低2日以上をかけるというが、実は③のほうがさらに時間がかかり、ヘリウムガス等を身体から抜きながら圧力を戻すのに1mにつき1時間必要だと言われ、450mの水深の場合は約19日を要するという。作業前後の期間を含めると、最大1ヶ月かかるのだ。また、ヘリウムガスは非常に高価なため、費用も膨大になるという。

施設内には深海での圧力を想定した、日本でここにしかない特殊な装置が揃う。写真は「飽和潜水」を行う前後に、気圧を調整する装置。1人あたり1畳ほどの空間で、ヘリウムガスを身体に馴染ませながら、圧力の高い水深でも耐えられる身体にしていく

役割は潜水医学の調査研究・訓練・適性判断・診療支援

  海上自衛隊の「飽和潜水」の目的は、潜水艦が事故等にあった際の救助活動だ。深海での活動が前提となるため、「飽和潜水」の技術が求められるわけだ。

 「飽和潜水」が必要な時に、即応できるよう呉と横須賀に部隊が配置されている。そしてその中核的な存在として、今回取材をした「潜水医学実験隊」が存在する。

 同隊は「潜水医学に関する調査研究」「潜水医学・飽和潜水に関する教育訓練」「潜水艦乗員・潜水員の適正検査と健康管理」「潜水医学を用いた診療支援(高圧酸素療法など)」という4つの役割を持つ。

 1967年に海上自衛隊横須賀病院内に「潜水医学実験部」として創設。その10年後に現在の部隊となった。幸い、今日まで潜水艦事故による出動は発生していないが、海難事故のようなケースを含め、災害派遣等での出動要請はある。原則は艦艇部隊が中心に出動するが、同隊も出動し現場サポート等ができる体制を24時間365日整えている。

深海で活動を行う際のスーツ。タンクとヘルメット合計で約50㎏にも及び、装着も2~3人がかりで行わなければならない

潜水は一人ではできない「絆」と「基本」を大切に

  同隊は各種実験を行う実験部、各基地の部隊の教育・訓練を担当する教育訓練部、および企画室、管理部で編成され、潜水員や医官・技官など総勢約60名が在籍している。

 今回取材した早川政徳先任伍長は教育訓練部に所属し、潜水作業に関わる人員の教育及び出動時の人選、技術支援を行いながら、隊の海曹士をまとめて隊のトップである隊司令等を補佐する役目も担う、まさに現場のリーダー的存在だ。自身も潜水員として長年キャリアを積み、現在も日々訓練や筋力トレーニングを行い、現場に赴く準備も怠らない。

 「飽和潜水」を行う上で、特に潜水員として大切なことは、「仲間との絆」だと早川先任伍長は言い切る。

 「飽和潜水は6名で艦上のタンクに入り圧力をかけ、入水する際はそのうち3名が水中エレベーターに乗って目的の深度まで移動し、水中作業を実施します。最長1ヶ月という期間、高い緊張感とともに、密閉された空間で過すわけですが、テンダーと呼ばれる補助員がタンクや設備などを24時間体制で維持管理するからこそ、安心して潜水できるのです。飽和潜水は決して一人ではできません。周囲に感謝する気持ちを忘れないよう、隊員たちには常に伝えています」

 一方で、隊司令の指導方針である「基本の実践」も重要だと、早川先任伍長は付け加える。

 「最先端の技術と設備を持つ海上自衛隊ですが、それでも一つ間違えば命に関わるのが飽和潜水です。常に基本をひとつひとつ行うことが、安全かつ確実な任務につながります。キャリアを重ねた私も同様です。先任伍長になったからこそ、改めて基本に忠実に任務にあたろうと思います」

敷地内には水深10mの巨大な「訓練水槽」があり、海上保安庁の潜水士なども利用するという。取材時は潜水医学を学ぶ学生が訓練を行っていた

「潜水員には強靭な体力と精神力も求められる」と早川先任伍長。そのため、日々の筋力トレーニングは欠かせないそうだ。施設内にはスポーツジム顔負けのトレーニング設備を完備

海上自衛隊 潜水医学実験隊 先任伍長 海曹長

早川政徳 はやかわ まさのり
1971年10月福島県生まれ。高校卒業後、1990年海上自衛隊に入隊。「はたかぜ」「あさかぜ」「たちかぜ」に電測員として乗艦後、1999年6月に潜水医学実験隊に配属される。8年のキャリアののち、「ちよだ」に乗艦し潜水業務および指導サポートを行う一方、2016年、2020年と横須賀教育隊で新入隊員の教育も担当した。2021年12月に同隊に復帰し、海曹士を取りまとめる先任伍長を拝命した。

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